第一章〜冒険者の凶星、デルンシュタイン〜

「―――ちょっと待ちなさい!」


ギルドホールに響いた一人の男の声に皆がそちらを振り向く。


声の主はギルドの紋章である宝剣とクリスタルを模した装飾が刻まれた白いローブを身に纏っている。ギルドの正装らしき服だが金髪を後ろに掻き揚げ、眉間に皺を寄せた三白眼の男は、とても高名なギルドの一員とは思えない顔付きだった。


「誰だあいつは―――?」


突然、話の流れを断ち切るように現れた男に蓮斗 レントが怪訝な顔をする。


「ちっ!厄介なヤツが現れたね・・・」


と、すぐそばで聞こえた聞き覚えのある声に俺が振り向けばそこにはハリスがいた。


「ハリスさんっ!?やっぱりいたんですか??」


先程と同じ鍛治用なのであろう、鉄の前掛けに金髪を後ろに縛り上げた格好のハリスは現れた男を睨みつけていた。


「ああ、アタシもレアム炭鉱に鉄が大好きな鍛治バカ娘がいてね。流石に心配なんでギルドにハッパかけに来たらこの騒ぎだ・・・。拉致が開かないから成り行きを見てたんだけど、まさかあの男が出てくるとはね・・・。」



どこか悔しげに男を睨む、ハリスの表情にただならぬ物を感じた俺は自然と口を開いていた。


「ハリスさん・・・、あの男知ってるんですか?」


「ん?あぁ・・・そうか。サイマ、アンタは新入りだ。知らないのも無理ないね。知ってるも何も、あの男はこのギルドの副ギルド長のアルマドルさ」


「副ギルド長ですか!?だったらこの騒ぎを収めるには丁度いいんじゃ・・・?」


目付きの悪い男が副ギルド長と聞き、驚いた俺は素直に自分の考えを口にした。だがハリスの表情は全くと言っていいほど晴れない。

ハリスは手を広げて肩をすくめるとアルマドルという男を顎でしゃくった。


「さあそれはどうかね?見てれば分かるよ、あの男がどういうヤツか・・・さ」


会話の間に2階の踊り場へと移動したアルマドルがホールを見下ろし、口を開いた。


「さて皆さん、失礼しました。話を途中で中断してしまって申し訳ありません。知らない方もいるでしょうから自己紹介しましょう。私の名はアルマドル、アルマドル・デルンシュタイン。この国の偉大な貴族の血を引く名誉を頂いた人間であり、今はこのギルドの副ギルド長をやらせてもらっています」


「デルンシュタイン・・・!?あの名家の・・・?」

「四大貴族の一人じゃないの・・・?本当にギルドに所属してたのね・・・」


たっぷりと間を空けて自身の名を二度名乗ったアルマドル。彼はザワザワとどよめく人々を前にその様子を楽しげに見ている。手を開き、丁寧ながらどこか尊大な口調で話すアルマドルは冷やかな笑みを浮かべており、初めて見る俺にすら分かる、高圧的で人を見下すような考え方が、その一挙一動に見え隠れしている感じがした。


(この人、苦手だ・・・)


俺が嫌悪感を抱き、見ている前でアルマドルは流れるように言葉を舌に乗せていく。


「この度は、我がギルドの対応が不十分で皆様にご迷惑をおかけし、申し訳ありません。例え、重要な仕事で主要な戦力の殆どが出払っていようとそれは皆様には関係の無い事。こうしている間にもレアム村の奥では罪の無い命が奪われているやもしれないのですから」


「―――なんだアイツ、一応良い人なのか・・・?」


民衆の心を掬い上げるような物言いに蓮斗 レントが首を傾げてそう言う。確かに表情や態度は善意の物として受け取るには些か疑問が湧くものの、言っている事はここにいる人達の気持ちに寄り添ったものだった。


「フン、アイツの言葉には裏がある。というより、裏しかない。聞いてれば分かるよ」


「それはどういう―――」


ハリスの言葉に疑問を覚えた俺だったがアルマドルは舌を湿らせ、話を続けていく。


「ですから皆さんが安心出来るために私が一つ、副ギルド長として提案しましょう。」


そうして人差し指を立て、一層冷やかな笑みを強めたアルマドルはアズディードの方へ向けて言った。


「――――現在、ギルドにて受注待ちの依頼は全て受付停止!代わりに残っている冒険者全員にレアム炭鉱制圧へと赴いて貰います」


その言葉に冒険者達が息を呑む声が聞こえたような気がした。

遅れて、チッ、とハリスが舌打ちをする音。続いてアズディードが声を挙げた。


「アルマドル殿、なんてことを言うんですか!?全員に参加させるなんて出来る訳がないでしょう!」


「はて・・・どうしてですかな、魔道士殿・・・?」


それに対し、アルマドルはいやらしい笑みを浮かべ、首を傾げて見せた。


「くっ・・・あなたという人は・・・・・・!」


悔しげに拳を固め、唇を噛み締めるアズディード。その様子からは、言い様のないやるせなさが浮かんでいる。


「おい、ここには新米級 ルーキー赤銅級 ブロンズの冒険者もいるんだぞ!?そいつらに行かせるのは危険すぎるってもんだろう?」


「そーだぜ!アタシらがいりゃ充分だろ?わざわざ全員連れてく事ないじゃんか!?」


その代わりとばかりに、ゴルドニスとクリミナが抗議の声を上げる。しかし、アルマドルは全く余裕な態度を崩さない。それどころか話す様子はどこか愉快げだ。


「おや、ただでさえ今、我がギルドはヴォルガダートの撃退作戦に大半の人員を割かれ、戦力が半減している状態なんですよ?この上、私的な理由で更に戦力を減らそうと言うんですか?――今、こうしてる間にも村人が危険に晒されているかもしれないのに?」


「くっ・・・!だが無闇にレベルの低い者を参加させるなんて自殺しろと言っているような物だろう!?」


「ですが今回、発生しているモンスターの群れというのはアントラーでしょう?アントラーといえば、レベル5もあれば倒せる、言ってしまえば一般人でも運が良ければ勝てるモンスターです。まさか冒険者の中にそれに負けるような人材がいるとでも?」


「駐屯騎士が抑えられない規模の大群だぞ!?しかも場所は入り組んだ炭鉱だ!――それに上位種のプレデトラーやアントラークイーンがいる可能性だって―――」


「―――確かに女王個体込みなら適正レベルは40を超えますね。ですが冒険者なら洞窟での戦闘経験はあるはずですし、上位種の目撃報告はまだ出ていませんが?それともゴルドニス。レベル70を超え、”黄金の盾”と呼ばれる黄金級 ゴールドのあなたが仲間をサポートしながら女王個体を倒す事が出来ないと…?」


「それとこれとはっ・・・・・・」


「そうだぜっ!腰抜けなのか冒険者ってのはっ!」

「私達の家族だって命が懸かってるのよら!?」


「うっ・・・!?」


必死にゴルドニスが食い下がるも、アルマドルはそれを強引に捩じ伏せる。この場を支配するレアム村の人を救って欲しいという皆の願いに便乗し、権力を振りかざしたアルマドルに冒険者達の意見が通るはずも無い。

当然ながら、ゴルドニスはアルマドルに同調する人々の言葉に反論することは出来ず、舌を噛み締めるしか無かった。


(・・・これじゃ交渉の余地なんてないだろ・・・!!)


現に、この場にいる人々は皆、アルマドルの方を見つめていた。家族や親しい隣人の危機に、それを掬い上げるようなアルマドルの言葉。冷静ならばともかく、今この場でアルマドルの考えが通らないはずが無かった。皆、自分達の事で精一杯なのだから。


(あいつはその事を理解した上で皆を味方に付けられるように話してる・・・。冒険者側が反論出来ないように・・・!)


「もういいでしょうか?この場にいる全冒険者を向かわせれば30人にはなるでしょう。報酬はきっちりお支払いします。なので全員、レアム炭鉱に行っていただけますね?・・・行かなくても罰則はありませんがこれだけの人々の願いなのです。まさか助けに行かない、なんて人はいらっしゃらないですよね・・・?」


最後にアルマドルは全員に、そしてアズディードへ向けてそう言った。行かない者はこの場で街の人からの信頼を失い、居場所を無くす。言葉に出さないそんな意図と共に。


先程まで喧騒に満ちていたギルドが静まり返り、代わりに期待と懇願が内包された視線がアズディードへと集中する。


「・・・・・・・・・分かりました。私が責任を持って全員を連れていき、そして誰の血を流すことも無いよう、全力で事に当たりましょう・・・!」


しばし黙考していたアズディードは顔を上げると、声に静かな力を込め、そう皆に対して宣言した。その言葉を待ち望んでいたかのように、アルマドルは口角を上げ、ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべ、締めくくった。


「決まりましたね。ではよろしくお願いしますよ、我がギルドの傑物、”光撃のアズディード”殿?くれぐれも仲間を心配する余り、自身の足元を掬われる事がないようご注意ください―――?」


たっぷりと毒を含んだその言葉にアズディードは答えること無く、冒険者達の方へと踵を返し、歩き出した。人々が割れ、アズディードはゴルドニス達の方へと移動する。


何にせよ、これで決まってしまったのだ。新米も熟練者も関係ない。全員参加で主要メンバー不在の救出任務が。一体、30人の内、何人が無事に帰ってこれるのか分からない作戦が。


俺は終始、それを傍観する事しか出来なかった。俺も蓮斗 レントもたった今、冒険者になったばかりだしついさっきまでただの学生でしか無かったのだ。何より、この世界の事が何も分からない。その事がこの場で口を開いていい資格が無いと思わせるには充分すぎる理由だった。


一体、冒険者を追い詰めて何がしたいのか。ましてや、同じギルドの副ギルド長ともあろう者が。それすらここに来たばかりの俺には量る事の出来ないものなのだ。気付けば、蓮斗 レントに言葉を零していた。


「皆、無事に帰ってこれるのかな・・・?」


「どうなんだろうな、数は多くてもモンスターは弱いらしいけど・・・」


「おい・・・、サイマ、レント?」


「「っ!?」」


蓮斗 レントと話していた俺は、ハリスに耳元で声を呼ばれ、ハッとして前を見た。いつ来たのだろうか、そこには先程のアルマドルがいて、こちらを値踏みするように見ていた。


「ほう、あなた達がさっき報告にあった異世界人ですか・・・。」


「あ、アンタさっきの・・・。何の用だ・・・ですか?」


貴族という手前があったからか、言葉を直しながらも蓮斗 レントがそう言った。


「いえ、異世界人が登録するというので少し興味が湧いたのですよ。レント君にサイマ君ですね?副ギルド長のアルマドルです。改めてよろしくお願いしますよ」


そんな蓮斗 レントにアルマドルはあの冷やかな笑みを浮かべ、開いた手を差し出した。握手を求めているのだ。


「っ・・・!悪いけど、アンタとはあまり仲良く出来る気がしないんですよ?ここはビジネスライクにいきましょう?あ、仕事の仲でいようって意味ですから、コレ」


しかし、蓮斗 レントは握手に応じることなく、敢えてこの世界では理解出来ない言葉を混ぜた皮肉で返した。蓮斗 レントなりのささやかな抵抗なのだろう。

さすがにこれはアルマドルも怒るのではないか、と俺が思っていると、


「おや、残念ですね・・・」


と、アルマドルは肩を竦めた。そしてあっさりと踵を返すと、


「まあいいでしょう。私は執務室でゆっくりと戦果報告が届くのを待っていますから。・・・無論、あなた達のモノも、ね?」


と、意味ありげに俺と蓮斗 レントを指差し、何か引っかかる言葉を残して去っていった。


「あなた達のモノ・・・、どういう事だ?」


残された俺がそう言うと、突然、蓮斗 レントとハリスが、


「「はぁ!?」」


と叫び、俺は今度は二人に驚く事になった。


「な、なんですか!?」


一体、何事かと二人の顔を見てみれば二人揃って呆れた顔をしてこちらを見ていた。意味が全く分からず俺が首を傾げると、ハリスがはぁ、とこれみよがしにため息をついて見せた。


「あんたの相棒、大丈夫かい?」


「・・・まぁ、何とか?斎馬 サイマのヤツ、時折、壊滅的なボケかますことあるんで大丈夫ですよ・・・多分・・・」


目の前でとりあえず悪口を言われている事だけは分かったのだが、肝心の話の核心部分が分からず俺は地団駄を踏むしかない。


「ど、どういう事ですかっ!?何かあるならお前も言えよっ!もうっ!!」


すると蓮斗 レントが生暖かい目をして赤ん坊に説き伏せるような優しい声色を使ってくる。非常にムカつくが意味が分からない俺はこの扱いを甘んじて受けるしかなかった。


「あー分かった分かった、子供みたいに喚くなよ・・・。お前とオレ、ギルドに登録したろ?」


「あ、ああ・・・」


「って事はさ、オレもお前もアレに参加するって事だろ?」


そう言って、蓮斗 レントはある方向を指差す。つられて俺が見た先には、先程歩いていったアズディードが冒険者達を集めて何かを話す姿が見えた。


そこで察しの悪い俺はやっと気付いたのだ。


「あ・・・そういう事か・・・!?」


冒険者登録をしたという事は、先程アルマドルが言っていた30人の冒険者に自分達が入っているという事に。


「分かったかい?アンタ達、戦闘経験ゼロのなんちゃって冒険者が、いきなりモンスター達がお祭り騒ぎしてる超危険地帯に飛び込まなきゃいけない今の状況が、さ?」


「マジか、なんてこった・・・!?」


―――それはこの世界に来たばかりの俺達には、あまりに荷の重すぎる大事件へと首を突っ込む、地獄の片道切符を握った瞬間だった・・・・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

親友と行く、異世界転移道中 優夢 @unknown-U2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ