第一章〜主不在の大事件〜
ギルド全体に響き渡る受付嬢の声。それによって更に騒々しさは拍車が掛けられ、現在、ギルドの中は騒然としていた。
「――――モンスターの襲撃・・・なのか・・・?」
数秒、立ち尽くしていた俺がようやく言った一言がそれだった。それにフードの下で熟考していた様子の魔道士が答える。
「ええ、レアム炭鉱は比較的、最近発見された大きな鉱脈です。良質な金属が取れる為、積極的に採掘が行われていたのですが、どうやら魔物の巣を引き当ててしまったようですね」
「マジかよ・・・!それって大丈夫なのか!?」
声を荒らげる
「ギルドに依頼が来る時点で現地の戦力で対応出来ていない、という事になります。地中にある魔物の巣は規模がとてつもなく大きい場合もある。細く、入り組んだ坑道の中では騎士団達も実力を発揮出来ないでしょうしね。芳しくない状況だというのは確かです」
とあくまで冷静にそう分析した。
「じゃあ、助けなきゃ・・・!!」
「ええ、ですが・・・」
焦る俺に魔道士が何か言おうとしたその時、部屋の扉が勢いよくバン、と開かれた。扉を開けたのは息を切らした赤毛の受付嬢、ネールだ。
「た、大変です!!レアム村の関係者がギルドに押しかけて収拾がつかないんです!アズディードさんも来てくださいっ!!」
「なんと・・・!?それはマズイですね・・・。レアム村は特にこの街の出身者や親族が多く住む村です。しかも、今は特別依頼でギルドマスター含め、上位勢はほとんどが不在ときている・・・。―――わかりました。私も行きましょう」
アズディード、と呼ばれた魔道士が突然のネールの呼びかけにも関わらず、冷静に分析して椅子から立ち上がった。
それを聞いていた俺の耳にも、さっきの放送の前には聞こえなかった怒鳴り声や悲鳴のような物が入ってくる。離れたこの部屋の扉越しからでも、かなりの騒ぎである事が感じられる。余程の事態と見て間違いないのだろう。
そして、その騒ぎの中に聞き覚えのある声が響いたのを、俺は聞き逃さなかった。
「・・・・・・・・・じゃないよ!・・・・・・・・・・・・てからじゃ遅いんだ!!・・・・・・・・・だ・・・・・・・・・な・・・・・・!!」
扉や壁を挟んだここからでも断片的に聞こえてくる、強気でハリのある大声は間違えようがない。
「この声・・・・・・、もしかして武具屋のハリスさん・・・!?」
よく通るその声は、まさについさっき武具を見繕ってもらったハリスに間違いなかった。
「ああ、そうだこの声間違いねえよ!
「ああ!」
「あっ、ちょっと2人共っ!?」
制止しようと手を伸ばしかけたネールよりも早く、俺と
「冒険者に成り立てだというのに全く・・・。仕方ありません、私達も行きましょう」
「は、はい!」
後に残されたアズディードとネールも、そう言葉を交わすと俺達の後に続いてギルドホールへと向かった。
「よし、こっちだぜ!」
廊下を走り、
そして、勢いよく
「う・・・・・・お・・・・・・」
「マジかよ・・・・・・」
響くのは怒りや戸惑いの叫び声とそれを必死に止めようとする受付嬢達の声だ。
「おい、どうなってるんだ炭鉱は!?俺の息子が・・・息子がいるんだぞっ!!」
「すごい数のモンスターが出たんでしょう!?騎士団の方達で抑えきれるの?ねぇ!?」
「状況を・・・状況を教えんかいっ・・・!!」
「・・・あ、あの落ち着いてください!!こちらからも冒険者を派遣して対応する所ですので・・・!!」
「嘘をつけっ!今、大半の冒険者はギルドマスターと一緒に巨大モンスターだかをやっつける為に遠征してるそうじゃないか?この事態に対応出来る人員が本当にいるのかっ!?」
「そ、それは・・・・・・」
勢いを得た魚のようにカウンターに食らいつく人々を、どうにか抑えようと数人の受付嬢が説得するも、あまり効果はないようだ。
(やっぱり、さっきアズディードさんが言ってた特別依頼ってヤツのせいか・・・)
高位の冒険者達に加え、ギルドマスターも不在の今のギルドでは街の人達の信頼に応える事は難しいのだろう。その事を、街の人達も分かってはいるものの、レアム村の人々を案じる気持ちをぶつける場所が他にないからこそ、こうした状況になっているという訳だ。
(・・・・・・でも、それなら・・・)
俺は頭に浮かんだ選択肢をそのまま、口にする。
「アズディードさん、ギルドがダメなら王国の騎士団にお願いするのはダメなんですか?」
率直な疑問だった。現在はレアム村に駐在している騎士団が事態に対応していると言う。それならば、応援は王国から直接派遣すればいいのではないだろうか。
「だな。その方が手っ取り早いんじゃないのか?」
俺の意見に同意する
「残念ですがそれは出来ません。王国はただでさえ、各地の警備に国境の監視等、騎士を派遣して普段から人員は足りていないのです。しかも先程から街の人達が言っている大討伐に騎士団もかなりの人数を割いていますからね。」
と言った。
「マジかよ・・・。でもそれじゃ炭鉱は、村はどうするんだよ?」
すると、アズディードが被っていたフードを下ろし、素顔を晒した。フードの下の顔は知的な雰囲気の細面でなかなかに整っており、まだ俺や
「だから我々は現状の戦力で対応する以外にありません。あなた達はそこで見ていてください・・・」
そう言葉を残すと、アズディードは颯爽とオールバックに纏めた白髪を揺らし、カウンターへと歩いていく。先程の気のいい優男の印象は消え、受付嬢を宥めて荒れた民衆の前に立つ姿は、ギルドの看板を背負う一人の魔道士のそれだった。
「皆さん、私はこのギルドに所属する
「おい、聞いたか?
「しかもあれだろ?”光撃のアズディード”だろ・・・?まだあんな強者が残ってたんだな・・・」
堂々と名乗りを上げたアズディードに、民衆がざわざわと先程とは違うざわめきに包まれる。
「皆さん、不安な気持ちは分かります。ですが、どうか安心してください。レアム炭鉱へは私が先陣を切って向かいます。必ず、生存者を助け出し、魔物達を掃討してきますのでここは一つ、任せて貰えませんか?」
「お、おい聞いたか・・・?」
「ま、まあアズディードさんがそう言うなら・・・なあ?」
アズディードの影響力はとても強いのか、今まで騒ぎ立てていた人々がすっかり落ち着きを取り戻し始めている。
(なんか分からないけど・・・、アズディード・・・さん?凄い人なんだな。ん・・・・・・?)
俺が驚いてその様子を見ていると、人混みを掻き分け、受付の方に歩いてくる一団の姿があった。そして、先頭に立つ真紅の短髪を揺らす女性が声高に叫ぶ。
「アズディード!アタシ達も手伝うよっ!!」
「あなた方は・・・”血風剣戟団、”の皆さんですか・・・!」
「おう!血風剣戟団、団長のクリミナ様とはアタシの事よっ!!」
背中に二本の剣を差し、細長い猫を思わせる靱やかな身体を、惜しげなく晒す面積の少ない鎧に身を包むクリミナは堂々と名乗りを挙げた。その後ろにはいずれも剣を装備した、彼女のメンバーであろう冒険者達が追随している。
―――そして、もう一組。
「――――クリミナ達だけじゃあないぞっ!!俺達もいる!!」
高々とギルドに響く、情熱的な声で叫んだのは黄金色の全身鎧に身を包んだ色白の大男だ。背中の男よりも大きな大剣と整った甘いマスクが存在感を放っている。
「あなたもいたんですね?”グロリアス・ガーダー”団長のゴルドニス・・・」
「ああ!レアム村の奴等はオレ達が助け出してやるさっ!!」
そして、彼の後ろにもまた、金や銀、白を基調とした鎧やローブに身を包むメンバー達がおり、それぞれの装備は異なりながらも不思議と統一感を感じさせる。
アズディードは受付の前に姿を見せたそれらの冒険者達に目を向けると、今度はギルドの端、壁の方へと視線を向けた。
「そして・・・あなたも戦ってくれるんですね?イヴァン?」
「・・・・・・・・・・・・」
そこで沈黙を守り、壁に寄りかかっていたのは全身を漆黒の鎧に包んだ剣士だった。どこか、死神を思わせるような不気味な意匠の鎧と一振りの剣だけを身に付けた姿は異質という他ない。腕組みして俯くように下を向く彼は、兜から覗く口元を僅かに動かすと、
「・・・・・・ああ」
と一言だけ言った。
「おいおい、イヴァンも一緒か?俺達だけで充分だってのに、なあ?」
後ろの仲間へと声を掛けるゴルドニス。しかし、すかさずすぐ横のクリミナが犬歯を剥き出しにし、
「はぁ?魔物共を血祭りに挙げんのはアタシ達だよ?アンタもイヴァンも引っ込んでな
!!」
と食ってかかった。
「なにを!?クリミナお前――」
「まあまあ、落ち着いてください皆さん」
今にも喧嘩を始めそうな団長二人をアズディードが制止する。
「あなた達が共に戦ってくれるというだけで私はとても心強いです。どうかよろしくお願いしますよ」
「おう、任せておけ!」
「ふふっ・・・、当然よ!」
「光撃のアズディードに血風剣戟団、グロリアス・ガーダーに孤高の黒剣士イヴァンまで・・・。これなら安心だな」
「ええ、早く私の家族を助けて欲しいわ・・・!」
今まで騒ぎ立てていた人々も、彼等の登場によってすっかり落ち着きを取り戻し始めていた。
(これが冒険者・・・すごい・・・!!)
たった数人、そこにいるだけで人々に絶対の安心感を与える程の力の持ち主達。俺の目にはその姿がとても力強く、逞しく見えた。
「では、これより私を含む名乗りを挙げた冒険者達13名でレアム村の魔物掃討に―――」
「――ちょっと待ちなさい!!」
人々に対し、アズディードがレアム村出発を宣言しようとしたその時だ。一人の男の声がアズディードの言葉を遮った。
「おい、一体誰だよ・・・!?」
希望に満ちた空気をぶち壊すように現れた男に
(あいつは・・・・・・)
その男の顔を見た瞬間に俺は不快感が身体を走るのを感じ取った。どこか、狡猾さを伺わせる鋭い眼は見ていると気分が悪い。
・・・俺は自分の中の何かが男に嫌悪感を抱かせている事を本能的に感じ取り、顔をしかめた。そして感じたこの気持ちが決して気のせいなどでは無いことを俺は後々、気付く事となるのだった。
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