第179話 襲われる託児所

 ティーナも俺を追ってすぐに飛び降りる。

 落下速度を軽減する魔法を自分で使って、上手に落ちていく。


 降りる場所は学院の中庭である。そこにもすでに一匹の魔人がいた。

 魔人は強敵である。生徒には荷が重い相手だ。

 学院内部の敵を先に掃討することにして、本当に良かったと思わされる。


『受け身は各自取ってくれ』

 俺は念話の魔法で全員に呼びかける。


 俺もティーナも、怪我しないギリギリまで緩めずに落ちていく。

 安全を重視し、落下速度を緩めれば、いい的になってしまうからだ。


「――っ!」

 空中にいる間に、無言でロゼッタは弓を射る。


「ぐぇっ!」

 その矢は吸い込まれるように、中庭の魔人の額に突き刺さった。

 そして、俺たちは勢いよく学院の中庭に着地する。


「――!」

 着地と同時にアルティは抜剣し、流れるような動作で魔人の首を刎ねた。


『敵はこっち。ついてきて!』


 スカウトのロゼッタが迷い無く走り出す。

 俺たちはその後ろを無言でついて行く。


 ロゼッタは足を止めずにたまに矢を射る。その一射で一匹ずつ魔物が死んでいく。

 走っているさなか、生徒たちの姿は見なかった。


 当然、俺もロゼッタに任せきりにせず魔法で探索する。

 ロゼッタの進む先に、人と魔人と魔物が集まっていることがわかった。


 ロゼッタの道中に倒した魔物が五匹を数えた頃、その場所が見えてくる。

 人と魔人が集まっている場所は俺も毎日のように通っている場所。つまり託児所だった。


『気配を消して奇襲する』


 俺が念話でそう呟くと、ロゼッタ、ティーナ、アルティの薄かった気配が、さらに薄くなる。


 託児所は窓も扉も全て塞がれている。その入り口を破ろうと魔人と魔物が攻撃を仕掛けていた。

 魔人は三匹。魔物は羽の生えた蛇が五匹いる。


 そして、その建物の外では、三人の託児所職員と犬の神獣ルンルンが、敵と戦っていた。


 託児所は学院の中でも特に頑丈に作られている。

 だから、その中に生徒や子供たちを入れ、職員とルンルンが外に出て敵を防いでいるのだろう。


 託児所職員も救世機関の一員だ。弱いはずはない。

 とはいえ多勢に無勢だ。いつまでもつかはわからない。


「ガウウウウ、ガウ!」


 俺たちに気付いたルンルンが派手に動く。

 目の前の蛇に噛みついて、力一杯振り回してから、近くの魔人に向かって投げつける。

 ルンルンは暴れることで、魔人たちが俺たちに気付かないようにしたのだ。


 そんなこととは思わぬ魔人たちは突出したルンルンを仕留めようと一斉に飛びかかった。


 俺はさらに気配を薄くし、一気に肉薄する。

 アルティは俺から少し離れて、敵との間合いを一気に詰めた。


 俺とアルティは、ほぼ同時に敵を間合いに捉える。

 その瞬間、ロゼッタの射た矢が、魔人の頭に突き刺さった。


「ヴェッ!?」「ガァ!?」


 ロゼッタが射た矢は、ほぼ同時に二匹の魔人の頭を貫く。

 それに驚き、一瞬固まった魔人と羽の生えた蛇を俺とアルティは屠っていった。


 すると上空から二匹の羽の生えた蛇が急降下してくる。


「……はっ!」


 勢いよく息を吐くと同時に、ティーナが魔竜巻マジック・トルネードを二匹の蛇にぶつける。

 蛇は着地すら出来ずに、空中でバラバラになっていく。


 以前、ティーナは魔竜巻を大飛鼠ジャイアントバットを倒したときにも使った。

 あのときは制御出来ずに俺たちの方にも風の刃が飛んできた。

 だが、今回は的確に、二匹の蛇だけを斬り刻んでいる。


「……見事」


 思わず俺が呟くぐらい、ロゼッタもアルティも、ティーナも素晴らしい動きだった。

 おかげで一瞬で敵を全滅させることが出来た。


「ウィルさん。それにロゼッタさん、皆さんありがとうございます」


 託児所職員がほっとした様子を見せる。


「ご無事で何よりです。サ――」


 俺がサリアについて聞こうとしたとき、ロゼッタが勢い込んで尋ねる。


「ローズは?」

「もちろん無事ですよ。サリアちゃんも」

「ありがとう。……ありがとうございます」


 ロゼッタもほっとしたようすで胸をなで下ろす。俺も正直安心した。

 間に合わなかったら、後悔しても仕切れないところだった。


「わふ」

「ルンルンありがとう」

 俺の手を舐めるルンルンを優しく撫でる。

 そうしながら、ルンルンに回復魔法をかけた。


「怪我を見ましょう」

「大丈夫です。回復魔法は使えますので」


 そう言って職員は微笑んだ。

 子供たちが怪我をすることが多いので、回復魔法の心得があるものが職員に選ばれているのだろう。


「ローズに会えますか?」

「もちろんです」

「ウィル。少しだけお願い」

「……わかった」


 今は門の防衛に向かうべきなのかもしれない。だが、最後の別れになるかもしれないのだ。

 戦いに向かう前に、少しだけ顔を見るぐらいいいだろう。


「お願いします」


 俺がそう言うと、職員は扉に魔法の言葉を唱えて開けてくれた。

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