第180話 サリアとローズ

 扉が開くと、奥からサリアとローズがとたとたと走ってきた。


「あにちゃ!」

「サリア寝てなかったのかい?」「わふ」

 俺はサリアを左手で抱き上げた。ルンルンもサリアの匂いを嗅いでいる。


「うん。なんかねむくない。るんるんいいこ」


 サリアは自分の匂いを嗅ぐルンルンの頭を撫でた。

 幼いながらに、何かが起こっていることに気がついて、緊張して眠れなかったのかも知れない。


 近くではロゼッタがローズのことを優しく抱き上げてお話ししている。


「あにちゃもいっしょにねる?」

「もうちょっと仕事があるんだ。ごめんね」

「そっかー」

「もう夜も遅いからね。サリアはゆっくり眠りなさい」

「……うん。ねむくないか……ら」


 そう言いながらサリアは寝息を立て始める。


「お兄ちゃんに抱っこされて安心したのかもしれないですね」

 そんなことを職員の一人が言う。


 俺は右手でサリアの頭を優しく撫でた。隣ではロゼッタも同じような状況だ。


 もうしばらくサリアのことを抱っこしていたいが、門では味方が戦っている。

 ルーベウムとドゥラも空の上で戦っている。

 俺も駆けつけねばならない。


「サリアのこと、お願いします」

「はい。それが私たちの仕事ですから」


 俺は託児所の職員に、眠りについたサリアのことを引き渡す。


「ローズ。ゆっくり眠るんだよ」

「むぬ……」


 ロゼッタの妹ローズも眠っていた。

 サリアもローズも緊張して眠れなかったのだろう。

 緊張が解けたから、いきなり眠ってしまったのだ。


 ロゼッタが、名残惜しそうにローズのことを職員に引き渡そうとしたとき、


「ウィル。気をつけて!」

『ウィル! 気をつけて』


 人神の神霊フィーと竜神の眷族ルーベウムが同時に俺に警告した。

 俺はサリアとローズを起こさないように少し離れる。


「どうした、ルーベウム」

『そっちにやばい奴がいった! 助けに行きたいけど、こっちもいっぱいいっぱいなんだ』

「こっちは任せろ。で、やばい奴ってどんな奴かわかるか?」


 そう聞き返したとき、俺もそのやばい奴とやらの気配に気がついた。

 上空からゆっくりと学院目がけて降りて来ている。


『――ウィ――……』

「ルーベウム?」

『………………』


 ルーベウムとの通話が完全に遮断された。


「ウィル! 結界が張られたわ!」

 ティーナが緊張した様子で叫ぶ。


「ああ、俺も気付いた」


 そのやばい奴は雲の上からゆっくりと降りてくる。

 それに合わせるかのように、学院全体が結界により包まれていく。


 先ほど倒した枢機卿の展開していた結界と同種のものだ。

 その結界により、ルーベウムと通話が出来なくなったのだろう。


「ゼノビア、レジーナ、ディオン、ミルト! 聞こえるか?」

『…………』

「やはり通じないか」


 だが、こちらがやばいという情報はきっとルーベウムがゼノビアに伝えてくれているはずだ。

 ルーベウムもゼノビアも結界の外にいるので互いに連絡できるだろう。


 俺はアルティ、ティーナ、ロゼッタと神獣とフィーに念話で告げる。

『強力な奴が来る。敵だ。ゼノビアが駆けつけるまで時間を稼がねばならない』


 とはいえ、ゼノビアに救援来る余裕があるかはわからないが。


 そして、俺は職員たちにも言う。

「新たな敵襲です。しかも、より強大な敵です。託児所の中で子供たちを頼みます」

「我々も外で……」

「いえ、外で戦う役目は我々がやります。中に敵が侵入したときに防ぐ役目をお願いします」


 託児所の職員は救世機関の一員なので、並の冒険者とは比べものにならないぐらい強い。

 だが、現役の戦闘部門のものたちほどは強くない。

 戦闘部門の一線を引退した回復魔法の使い手や、学識に優れた研究部門の者が多いのだ。


「外は私たちにお任せください。頼りなく見えるかもですが、私たちは賢人会議の皆さまの直弟子ですから」


 俺はサリアの柔らかい髪を撫でながら微笑む。

 ルンルンもサリアのことを名残惜しそうに匂いを嗅いでいた


「先ほど腕前を見せて貰いましたし、ウィルさんたちの力量を疑ってはいませんよ」

「どうかよろしくお願いいたします」

「はい。お任せください」


 サリアたちを職員に託すと、俺たちと神獣と神霊は建物の外に出る。

 ルンルンも力強い表情を浮かべて俺の横について外に出た。

 すぐに扉が閉められて、魔法で厳重に封印される。


 俺はさらにその封印の上から建物全体に保護魔法をかける。

 これで建物に爆裂魔法がぶつかってもすぐには壊れまい。


「敵って?」

 緊張した様子の俺をみて、ロゼッタが尋ねてくる。


「わからんが魔人だと思う。それも枢機卿クラスのな。ここに降りてくるってことは学院を破壊するつもりだろう」


 緊張した様子のフルフルはルンルンの背中に乗っている。


「フルフル頼りにしている」

「ぴぎ」


 シロも「メェェェェ」といつもより低い声で鳴くと、体高三メートルほどの大きさになった。


「シロのその姿も久しぶりだな」

「めえ」


 シロが巨大化したのは、初めて獣の眷族を倒したとき以来だろうか。

 シロも本気で戦うべきだと理解したのだ。


 そして、俺はルンルンの頭を撫でる。


「いつもありがとうな。一緒に戦うのは初めてか?」

「わふ」


 ルンルンは四肢に力をみなぎらせていた。


 フルフルの横に入っているフィーが言う。

「魔力はためておいたからね」

「ありがとう。助かる」

「姫からの伝言だけど、死ぬなって」

「ああ、死ぬ気は無いさ」


 フィーの言う姫、つまり人神も随分と心配してくれているようだ。

 人神が神託を下してまで警告してくれるのは、初めてのことである。

 よほど恐ろしい相手なのだろう。

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