第174話 瀕死の教員

 俺は枢機卿との間合いを一気に詰めながら叫ぶ。


「ティーナ!」

「わかったわ!」


 ティーナが土の槍で枢機卿の足を貫いて足止めし、同時に雷を落とした。

 大きな落雷の音が周囲に轟く。


 同時にルーベウムが業火の竜巻ヘルファイア・トルネードの魔法を撃ち込む。

 業火の竜巻は本来広範囲を焼き尽くす大魔法だ。

 だが、ルーベウムはその効果範囲を凝縮し、枢機卿だけを焼いていく。


 ルーベウムはずっと獣の眷族、テイネブリスの尻尾から瀕死の生徒をかばい続けていた。

 だが、テイネブリスの尻尾二匹が死んだから、枢機卿へ攻撃する余裕が生まれたのだ。


「うがぁああっ」


 枢機卿はティーナの落雷で全身が硬直して表面を焦げる。

 直後にルーベウムの業火の竜巻が枢機卿の身体を炭へと変えていく。


 ティーナとルーベウムの魔法が枢機卿を焼いている間に、俺は飛びかかる。

 元々、ジェマとアルティと互角に戦っていたのだ。

 そこにティーナとルーベウムの魔法。


 戦いの均衡は完全にこちらに傾いている。

 だから、俺はあっさりと短刀で枢機卿の首を短刀で刎ねることができた。


 同時に、ジェマの剣が枢機卿の心臓を貫き、アルティの剣が胴を斬り裂く。

 枢機卿の受けた傷は、明らかに致命傷だ。


「くそが……。ウィル・ヴォルムス、お前はやはり……」


 枢機卿は俺をにらみつけながら、灰へと変わる。


「……お前の討伐に関しては、俺より活躍した奴はいるだろうに」


 子供と言うことで、高く評価されたのかも知れない。


 枢機卿が死ぬと、周囲を覆っていた結界が消えていく。


「あっ! ウィル。誰かいる! きゅる」

「俺も気付いた。誰かいるな」


 結界によって隠されていた何者かの存在に気がついた。

 それなりに離れているし、反応自体非常に微弱だ。

 俺には種族まではわからないほど、かすかな反応だ。


「わたくしは気付きませんが……」

「あたしも気付けないよ」

「かすかな反応だからな。ティーナ、皆に治癒魔法を頼む」

「わかりましたわ!」

「特にジェマ先生には念入りにな」

「私は、大丈夫だ。生徒たちを……」


 笑顔でジェマはそう言いかけたが、最後まで言えなかった。

 その言葉の途中で仰向けて倒れていく。


 それを、すかさずアルティが支えた。


「先生、大丈夫ですか?」

「……だ、大丈夫だ。すまん。ふらついただけだ」

「大丈夫じゃないでしょう。ジェマ先生は死にかけですよ。大人しくしておいてください。アルティ頼む」

「わかりました」


 そして、俺はフルフルにも声をかけた。


「フルフル。ティーナの助手を頼む」

「ぴい」


 俺が指示を出していると、

「ウィル、急いで! 時間が無いよ。きゅる!」


 ルーベウムが少し焦ったように言う。

 俺よりもルーベウムの方が察知能力に優れている。

 そのルーベウムが急げというならば、緊急事態なのだろう。


「わかった。俺はルーベウムと一緒に、何者かのところに急いで行ってくる」


 そして、俺は走り出した。

 ルーベウムは樹木の上を飛んで先導してくれる。

 そのルーベウムを、俺はシロと一緒に付いていった。


 しばらく走ると、近づいたことで反応の詳細が、俺にも少しずつわかってくる。


「あ、これは急がないとやばいな」

「うん。死にそう。きゅる」


 死にそうな人間たちが雨の中転がっているようだった。

 敵か味方かはわからない。教団の暗殺者かも知れない。


「いや、教団の暗殺者ってことはないか」


 瀕死じゃない暗殺者ならば隠す理由があるが、瀕死の暗殺者を枢機卿が隠す理由がない。


 さらに少し走って、その人間たちのもとに到着する。

 倒れているのは三人だ。


「……大丈夫か?」

「…………」


 俺が呼びかけるも、人間たちに意識はなかった。

 全身に大きな怪我を負っているが止血はされている。

 だというのに、顔色には血の気はない。


 俺は大急ぎで、救命を開始する。


「知っている人? きゅる」


 ルーベウムが雨が当たらないよう、羽で傘を作ってくれた。

 シロも三メートルほどの大きさに変わると、瀕死のものたちに寄り添う。

 体温で温めてくれているのだ。


「……知っている人もいる。というか」


 枢機卿が俺に向かって投げた人の頭。その持ち主たちだ。


「ということは、助手の先生か」


 ジェマを含む教員三人とは合宿当日の朝に顔を合わせている。

 だが、助手とは面識はない。


「死んでいたんじゃないの?」

「あれは魔法で作った、精巧な作り物だったんだろうさ」


 しかも、簡単に調べたぐらいではわからないぐらいの精巧さだった。

 俺もルーベウムも、ティーナも、そして上司であるジェマも気付かなかったほどだ。


「なんのために? きゅる?」

「わからん。だが止血もされているし、生かして使うつもりだったんだろう」


 死んだと思わせておいて、生かして使う。

 教団には、情報を強制的に吸い上げる特殊な魔法でもあるのかもしれない。


 もしくは特殊な魔法で操り、スパイに仕立て上げる予定だったのかもしれない。

 その場合、死んでいると思わせる意味はなくなるのだが。

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