第172話 ウィルvs枢機卿

 しかも一つではない。

 枢機卿が投げた人の頭は三つ。三人とも俺の知らない顔だった。


「お前にとってはいい報せだろう? ウィル・ヴォルムス」

「……なんのことだ?」

「こいつらが裏切り者だと予想していたんじゃないのか?」


 枢機卿はそう言うが、俺は知らない者たちである。

 だが、枢機卿の口ぶりで、何者かは推測できた。


 俺の推測を裏付けるかのように、ジェマが叫んだ。

「貴様! 貴様ああああ!」

「うるさいぞ」

 枢機卿はジェマに興味なさそうな目を向けて、言い捨てる。


「よくも、よくも私の部下を殺しやがったな!」

「お前が上司か。よく訓練されていた。拷問にかけても口も割らぬし難儀したぞ」


 そういって、枢機卿は笑う。


「貴様は絶対に許さん!」

 今にも飛びかかりそうになるジェマに向かって俺は念話を飛ばす。


『落ち着いてください。ジェマ先生』

「……」

『飛びかかるのは、ティーナの治癒が終わってからにしてください。敵は強いので』

「…………」


 鋭い目でにらみつけながらも、ジェマはとまった。

 ティーナの治癒は、生徒たちの応急処置を終えて、やっとジェマの治癒に入ったばかりだった。

 生徒たちは、辛うじて一命をとりとめたと言った状況である。


 とまったジェマを見て、枢機卿が言う。

「なんだ、かかってこないのか。つまらぬ」

「そんなことより、彼らはここで殺されたんだろう?」


 殺された三人は行方不明になっていた教師と助手の三人なのだろう。

 ならば、三人が殺されたのは、ここに来てからだ。


「……お前は顔色一つ変えないのだな。ウィル。・ヴォルムス。つまらぬ」

「お前を喜ばせることがなくて、俺は嬉しいよ」


 そう言ってから、俺は続ける。

 ジェマの治癒が終わるまで後少しだ。


「俺は『どうして俺がこの合宿に参加するとわかった?』と聞いたんだ」

「なんだ、そんなことを本当に知りたいのか。裏切り者の有無を知りたかったわけではないのか?」

「裏切り者がいないと教えてくれたのはお前だろうが」

「そうだったな!」


 楽しそうに笑うと、枢機卿が言う。


「なに、隠すほどのことでもない。お前が馬車に乗って学院を出たときに作戦を変えた。それだけだ」

「……それだけか」

「ああ、それだけだ」


 俺が学院を出たことで初めて合宿参加することを知ったのだとすると、対応が早すぎる。


「お前は暇なのか? 枢機卿とは教団の最高位なんだろう?」

「まあ、色々あるんだよ」


 流石にその事情は教えてもらえないようだ。


「で、そろそろ時間稼ぎはいいんじゃないか?」

 そういって、枢機卿は俺の後ろにいるジェマを見る。


「ああ、おかげさまでな。お前をぶっ殺す準備は出来たよ」

 ジェマはゆっくり俺の横に歩いてきた。


『ジェマ先生。血は戻りませんから』

『わかっている』

『ティーナとロゼッタは隙を見て攻撃に参加してくれ』

『わかりましたわ』

『枢機卿は、ティーナとロゼッタのことは舐めているみたいだからな』

『任せておいて』

『アルティとルーベウム。動けるか?』

『もちろん』

『動ける。きゅる』

『じゃあ、頼む』


 俺が指示を出していると、ジェマが感心したように言う。


『ウィル・本当に生徒か? まるでレジーナさまのように冷静だな』

『ありがとうございます』


 そして、俺は枢機卿に向けて、自作の短剣を突きつける。


「時間稼ぎに付き合ってくれて助かったよ」

「なに、礼には及ばない。死ぬ前に、あいつを殺した子供と話しておきたくてな」

「この前倒した枢機卿より、強いことを願うよ。すぐ死んだらつまらないからな」

「ほざけ」


 口ではそう言うが、枢機卿は楽しそうに微笑んでいた。

 戦闘が好きなのだろうか。もしくは、それほど自信があると言うことだろうか。


 実際、身に纏う魔力は濃密で量も多そうである。


『ルーベウム、先制を頼む』

『任せて』

『ルーベウムが攻撃を開始したら、後は流れで』


 俺の指示を聞いて、二秒後、


 ――ゴオオオオオオオオオオオォォォォォォォ


 ルーベウムが火炎を吐いた。その炎は赤ではなく、白く輝いて見えた。

 周囲が真夏の昼間のように明るくなる。


「おおぅ!」


 枢機卿はその炎を魔法で防ぎながら、楽しそうに声を上げていた。

 まだ余裕が見える。腹立たしい。

 その余裕の表情を早く引き剥がしてやりたいものだ。


「はああああああ!」


 ルーベウムの炎を突っ切るようにして、ジェマが枢機卿に襲いかかる。

 救世機関の戦闘部門でトップクラスの実力者というのは伊達ではなさそうだ。


 もちろん、レジーナやゼノビアと比べたら弱いが、ジェマも充分に強い。


 ジェマは炎を切り裂いて、突っ込んで剣を振るう。

 そのジェマの猛攻を枢機卿は受け流していった。その表情にはまだ余裕が浮かんでいる。


 枢機卿は戦いながら、右手を動かす。

 すると、控えていた厄災の獣の眷族、テイネブリスの尻尾二匹が、動き出す。

 テイネブリスの尻尾二匹は、俺の方を睨み、そして飛びかかってきた。

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