第171話 枢機卿

 俺が会話を引き延ばして、時間を稼いでいることは枢機卿も気付いていそうだ。

 だが、余裕があるのか、枢機卿は笑顔で答える。


「買いかぶりだと? お前は枢機卿を殺したんだ。当然評価させてもらうさ」


 やはり俺が枢機卿を殺したことさえ知っているようだ。

 なぜ情報漏洩したかがとても気になる。

 だが、それを直接聞いても教えてくれるわけがない。


「俺が枢機卿を殺した? 何のことだ?」

 だから俺はとぼけた。


「とぼけなくてもいい。あいつをお前が殺したことは知っている」


 枢機卿には確信があるようだ。

 不確かな情報ではなく、信じるに足る確度の高い情報源から得た情報ということ。


 どうやってその情報を得たのだろうか。

 俺は会話を引き延ばしながら考える。


「あいつ?」


 あいつというのが枢機卿のことだとわかっていながら、敢えて尋ねた。


「あいつは俺たちの中では一番弱い。だが仮にも枢機卿に叙階されていた」


 俺が殺した枢機卿は、枢機卿の中では最弱と言いたいのだろう。


「枢機卿を殺した子供ならば、俺が直接殺しに行く価値はある。そうだろう?」

「さあ。最弱を殺した程度なら、放置してもよいのでは?」


 適当なことを言いながら、俺は考え続けていた。


 俺が先日枢機卿を倒したとき、周囲にいた教団の部隊は偵察部隊を含めて全滅させた。

 だが、目の前の枢機卿は知っているのだ。


 枢機卿が情報をどうやって知ったかだが、三つの可能性が考えられる。

 一つは救世機関、もしくは学院に裏切り者がいる可能性。


 どれだけ厳重に人を選別しても、しょせんは人が作る組織なのだ。

 完全ということはあり得ない。

 それに関しては、完全に防げないとしても、裏切り者を見つけて処分すればいい。

 対処は、比較的簡単である。


 そして、もう一つの可能性は、俺の知らない技術や特殊能力など何らかの方法によって情報を得ている可能性。

 今俺たちが中に入っている、この結界に関係があるのかもしれない。


 この結界は完全に情報を遮断する機能があった。

 気配察知に最も長けているルーベウムも、枢機卿の接近を察知できていなかったほどだ。

 もしかしたら、俺と枢機卿の戦いを覗き見ていた可能性すらある。


 それは非常に厄介だ。こちらの知らない方法を使われているなら対策しようがない。


 そして三つ目の可能性。

 これは三つの中で最悪の事態だが、機関や学院に裏切り者がいて、かつ俺たちの知らない方法も使っている可能性。

 つまり一つ目と二つ目の可能性の両方が起こっている可能性である。


「ところでだ」

「なんだ?」

「どうして俺が、あいつを殺したとわかった?」


 時間稼ぎとして会話を引き延ばすのが難しくなってきたこともあり、俺は単刀直入に聞いてみることにした。


「ほう。ごまかし続けるものだと思っていたが、認めるのか」


 会話の方向性を変えたことで、枢機卿に興味を持ってもらえたようだった。

 ひとまずは成功である。


「ごまかすつもりはなかったんだ。あいつがあまりにも弱くてな。枢機卿などという偉い魔人だとは思わなかったんだ」

「騙るに落ちるとはこのことだな。お前、最初に俺を大司教だと誤解したうえで枢機卿の地位を狙っていると予想していたな」

「……そういえばそうだったな」


 かける言葉を間違った。

 だが、今更それを悔やんでも仕方が無い。


「枢機卿が死んだこと、つまり自分が殺したのが枢機卿だとお前は知っていたはずだ」

「……」


 俺が沈黙したことで気持ちよくなったのか、枢機卿は続ける。


「それにお前は、あいつととの戦いに随分と苦戦していたはずだな」

「まるで見ていたかのように言うじゃないか」

「……どうせお前らはここで死ぬのだから、教えてやるが、実際見ていた」


 機嫌よく枢機卿は教えてくれる。

 やはり特殊な方法で覗き見ていたようだ。問題はその方法だ。

 枢機卿の機嫌が良いようなので


「どうやって見た?」

「そこまで教えるわけなかろう」

「……まあ推測は出来る」

「ほう?」


 枢機卿が食いつく。

 これでもう少し時間を稼ぐことが出来る。


「この結界の技術を利用すれば、俺たちに気付かれずに覗くことも出来るだろうさ」

「お前は子供なのに賢いな?」

「魔人に褒められても嬉しくはない」

「そういうな」


 枢機卿は機嫌が良い。それに余裕がある。

 後ろでティーナが治癒魔法を行使し続けているのに、本気で妨害しようとする気も無いようだ。

 こちらとしては助かる限りではある。だが、不気味が過ぎる。


「……冥土の土産に教えて欲しいんだがな」

「なんだ?」

「どうして俺がこの合宿に参加するとわかった?」


 俺がこの合宿に参加することを決めたのは、機関の諜報部門が襲撃計画を察知した後だ。

 つまり、襲撃が先で、俺の参加は後なのだ。


 ジェマを暗殺する計画を、途中で俺を暗殺する計画に変えたと考えるのが自然である。


「……お前は身内に裏切り者がいると推測しているんだろう?」

「…………」


 俺が無言でいると、枢機卿は人の頭を俺の足元に投げつけてきた。

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