第170話 強力な魔人

 ルーベウムも軽くない怪我を負っている。

 それでも一歩も引かない矜持で、ジェマと生徒をかばうように敵と対峙していた。


「連絡できなくてごめんね」

「気にするな。状況は理解した。あとは任せろ」

「うん。きゅる」


 そして、俺は敵を睨みつける。

 敵は魔人一匹と、厄災の獣テイネブリスの眷族、通称、テイネブリスの尻尾が二匹だ。

 だが、いつもと少しテイネブリスの尻尾の外見が少し違った。


 金色の長い体毛はいつも通りだ。

 十メートルを超す体高も、六本ある足も同じだ。多少大きいぐらいである。

 血のような三つある赤い目も、背に生えた四枚の羽も同じだ。


 だが、尻尾が三本になっている。これまで戦った眷族の尻尾は二本だった。


「尻尾の尻尾が増えてるな。紛らわしい」


 厄災の獣テイネブリスには尻尾が九本あった。

 尻尾の数が本体に近づいている。嫌な予感がした。


 魔人は俺を見てにやりと笑うと口を開く。


「ガキ。お前がその竜の主人か?」

「主人ではない」

「ふーん。まあよい」


 その魔人は明らかに先ほどジェマと一緒に倒した魔人とは魔力の質も量も違う。

 明らかに格が違う。ただの魔人ではない。


「お前が、教団の大司教ってやつか?」


 そう尋ねると、にやけていた魔人の眉がピクリと動いた。



 俺はうかつだった。

 敵を倒し、生徒を助けることに集中していたから、気づかなかった。


 そもそも、今回の襲撃は、ジェマ、つまり機関の幹部を殺すことで、枢機卿になろうという作戦だ。

 枢機卿への昇格を狙うことができるのは、その下の位階である大司教だ。

 そして、今回の襲撃で大司教と思えるほど強い魔人には遭遇していない。


 当初、俺たちが本命だと考えて、討伐した部隊は 本命ではなかったのだ。

 そもそも、生徒たちは俺たちを入れて七班なのだ。


 そして、当初の索敵にひっかかった敵の部隊も七部隊。

 ジェマ襲撃する本命部隊が必要だと考えると、一部隊足りない。


「そうか。お前らが本命だったか」

「何のことかわからんな」


 魔人は俺を睨みつけている。

 幹部を殺すのに、手柄を立てなければいけない大司教もいないことは考えにくい。

 それに、強力な戦力であるテイネブリスの尻尾を動員しないことも考えにくい。


「ジェマ先生は殺させない。残念だったな」

「何を勘違いしているんだ?」

「枢機卿になるために、手柄が必要なんだろう?」


 俺はティーナがジェマや生徒たちに治癒をかける時間を稼ぐために会話を続ける。

 魔人もテイネブリスの尻尾も強い。

 治癒魔法をかけているティーナたちをかばいながら、本格的な戦闘が始まるのは出来れば避けたい。


「だから、お前は何を勘違いしている?」


 そして、魔人は、眼光鋭く俺を睨んだ。


「俺の狙いはお前だよ。ウィル・ヴォルムス」

「はぁ?」

「そもそもだ。枢機卿になるために手柄が必要? 勘違いも甚だしい。俺は元から枢機卿だよ」


 衝撃的な言葉を魔人が言う。

 前提からずれていたらしい。救世機関の諜報部門が再び出し抜かれたようだ。


 ルーベウムの気配隠しと気配察知術を、ディオンを通して諜報部門が教わってからほとんど時間が経っていない。

 付け焼刃のいいところだ。

 出し抜かれていたとしても、責めることはできないのかもしれない。


 問題は、俺が目的という枢機卿の言葉だ。


 前回の襲撃の際、俺は枢機卿を倒した。

 そのことがばれていれば、狙われるのも当然と言える。

 だが、前回の襲撃においては、ルーベウムの助力もあり、教団の偵察部隊は全て殲滅した。


 教団に情報を持ち帰れないようにしたはずだったのだ。

 少なくとも、俺と俺の弟子たちはそう思っていた。


「俺が目的か。随分と買いかぶってくれているようだな」


 俺は周囲を探りながら会話を続ける。

 ティーナは懸命に治療を続けているが、時間がかかっているようだ。

 それだけ、生徒たちの傷が深かったのだ。


 ティーナは救命を優先するために、解毒をすっ飛ばしてとりあえず止血を四人にかけていく。

 生徒たちは生きているのが幸運だと言えるほどの傷である。

 その状態で雨にうたれて、血が流れ続けているのだ。

 すぐに止血しなければ、今にも死にかねない状態だった。


 ティーナは傷の汚れなどを無視してでもとにかく血を止めていく。

 なるべくしたくない手法だ。

 この手法の場合、落ち着き次第、なるべく急いで改めて処置しないと化膿するだけでなく、毒で死にかねない。

 だが、今はとにかく血を止めて、体温を戻さねばならない。


 ティーナが止血すると、ロゼッタが体温を失った生徒たちを温めるために防水布をかける。

 するとフルフルが大急ぎで乾かしていった。


 そして、アルティと傷だらけのジェマが油断なく身構えている。

 治療に専念しているティーナたちと、動けない生徒を守るためだ。


 実際、俺が会話を引き延ばし時間を稼いでいる間もテイネブリスの眷族は生徒を襲おうと隙を窺いつづけていた。

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