第169話 結界

「どういうことかしら?」


 困惑するティーナに、ロゼッタが言う。


「跡はあるよ」


 ロゼッタの言う通り、周囲の草木には焦げ跡や斬られた跡があった。

 地面もかすかにえぐれたりしている。

 茂みの中から、テントの残骸も見つかった。


「ここで戦闘があったのは間違いなさそう。きっと近くにいるはず」


 ロゼッタは地面に四つん這いになり、目と鼻を最大限に使って痕跡を探している。

 雨の中、凄い勢いで痕跡は流され続けているはずだ。


 俺も魔法を使って周囲を探るが、見つからない。

 よほど巧妙に隠されているらしい。


 痕跡を隠したのが敵ならば、恐ろしい。

 一人だけ、一匹だけで隠れるならまだしも、生徒四人とジェマ先生の計五人の敵を一緒に隠すのだ。


「……厄介――」

「見つけた! ついてきて」


 俺がつぶやきにかぶせるように、ロゼッタが言う。

 ロゼッタは隠されていた痕跡を見つけ出したのだ。


「血痕をみつけた。こっち」


 雨の中、わずかに残った血痕を見つけて、ロゼッタは追っていく。

 ロゼッタは真剣な表情で、ゆっくりと着実に痕跡をたどっていった。


 さらに進むと、俺の探索魔法に引っかかる。

「隠れている場所がわかった」

「さすがウィル。あたしはまだ、正確な場所までわからないよ」

「いや、ここまで近づかないとわからなかった。近づいてくれたロゼッタのおかげだ」


 ドーム状の結界に包まれた空間があった。

 かなり広い。周囲を歩いて一周するには三十分はかかるだろう。

 恐らく円周で二、三千メートルぐらいはありそうだ。


 これだけ巨大な結界を隠し通すとは、やはり敵は恐ろしい。

 しかも、これだけ近づいたというのに、その中がどういう状況なのか俺にもまだわからない。

 だが、そのドームの中に、敵も味方もいるに違いない。



 少し歩いて、ドームに手を触れられる位置まで来た。


「……恐らく敵は強い。気合を入れてくれ」

「わかりましたわ」

「覚悟しているよ」

「はい」


 ティーナたちの返答を聞いてから、俺は結界に手を触れる。

 魔力の流れを読み取って、結界を泡を割るように壊した。


 途端に中から情報があふれ出してくる。

 ジェマと生徒たち四人。それにルーベウムまで中にいた。


「突っ込むぞ」

 根元から壊したわけではない。一時的に表層を壊しただけだ。

 すぐに再生されるだろう。


 俺が結界で覆われていた範囲へと走りこむと、皆がもついて来る。

 その後も走り続け、ジェマやルーベウムの元へと向かう。


『なぜ、ルーベウムがこの中に?』

『味方が死にそうなら助けてくれと言っていたからな』


 だからルーベウムは駆け付けたのに違いない。それで結界の中で戦い続けていたのだ。


『一言連絡しなかったのはなんでだろう』

『その暇がなかったんだろう』


 俺に連絡する暇もないほどの急展開だったはずだ。

 駆け付ける。同時に結界で連絡を遮断されたのだろう。


 俺は状況を推測する。

 恐らく敵は、ジェマ到着にあわせて、生徒を殺そうとしたのだ。

 それを防ぐために、ルーベウムが駆け付け、結界に閉じ込められた。

 この結界は、ジェマと他の教員たちとの連絡を絶つためだろう。


 広大な結界内を走っていると、外部の情報が届かなくなった。

 予想通り、結界の再生が完了したようだ。

 結界の再生自体は予想通りだが、その早さは予想外だった。


 少し走って、ジェマたちが見えて来た。

 生徒たち四人は、一見死んでいるのではないかと思えるほど重傷を負っていた。

 その生徒たちをかばうように立つジェマも、大きな怪我を負っている。

 そのジェマをさらにかばうように、巨大なルーベウムが立ちふさがり、敵の猛攻を防いでいた。


 これまでの敵とは違う。敵の目的がそもそも違うのだ。

 これまでの敵は足手まといを作っておびき出そうとしていた。

 だから、味方の命は安全だった。


 だが、今の敵の目的はジェマの命だ。敵の攻撃から殺気が漲っている。


『ティーナ、治療を頼む』

『わかったわ』


 今は生徒全員に息があるが、いつ死んでもおかしくない。少しの猶予もない。

 それに、ジェマ自身、立っているのが奇跡と思える状態だ。

 ジェマも、数分で死に至ってもおかしくないぐらいだ。


『アルティ、ロゼッタ、ティーナの援護を』

『わかった!』

『お任せを』

『フルフルもティーナを手伝って』

「ぴ」


 敵の最大目標はジェマの暗殺。

 ならば、命を救いうる治癒魔法の使い手であるティーナは激しい攻撃にさらされるはずだ。


 そして、俺は気配を隠さず、なるべく大きめの音を出しながら、ルーベウムの前へと駆けこんだ。

 音を出して目立つようにしたのは、少しでも敵の意識をティーナたちに向けないようにするためだ。


 ルーベウムの前に駆け込むと、同時にルーベウムを狙った魔法の刃が降り注ぐ。

 それを俺は魔力をまとった左手で振り払う。

 俺に振り払われた魔法の刃は地面に突き刺さり、小爆発を起こす。

 かなりの威力だ。当たればルーベウムの鱗も砕きかねないほどだ。


「待たせた」

「きゅるー」


 ルーベウムは嬉しそうに鳴いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る