第168話 神託

 合宿に来た教員は生徒の前に姿を現していたのが三人、隠れてついて来た助手が五人だ。


 そして、行方不明になったのが、教員と助手はあわせて三人。

 つまり、いま場所の確認が取れているのが五人である。


 先ほど駆け付けて来てくれたが二人で、ジェマが戦闘中。

 ということは、ベースキャンプに教員か助手が二人いるのだろう。



「ベースキャンプに教員が二人いるなら、安心だな」

「そうだね。先生方、強いからね」


 ロゼッタは少しほっとした様子だ。

 今まで、樹海の中にバラバラに、俺たちを除いた六班が散らばり襲われていた。

 その非常事態も解決しつつある。


 ベースキャンプに無事たどり着いたのが四班。

 残りに二班も、一班は先ほど俺たちが助けて、教員二人に引き継いだ。

 最後の一班も、教員最強のジェマが救援に向かったのだ。敵は倒されているだろう。


「必要になるのは、回復魔法だな。ティーナ、大丈夫か?」

「わたくしは大丈夫。魔力にはかなり余裕があるもの」


 回復魔法は魔力消費が大きい。

 そしてティーナは、治癒魔法も解毒魔法も何度も使っている。


「それは心強い。ティーナは随分と強くなったよな」

「ウィルのおかげね」

 そう言ってティーナは微笑んだ。


 そして、俺は走りながら、ルーベウムに連絡した。

 ジェマと最後の班の、現在位置を改めて尋ねるためだ。

 敵が新たに出現しているかどうかも聞いておきたい。


「ルーベウム! 聞こえるか?」

「――」

「ルーベウム?」

「――」


 呼びかけてもルーベウムからの返答がない。何があったのか。

 俺は上空を見上げる。

 ルーベウムは分厚い雨雲のはるか上を気配を消して飛んでいる。


 下から視認はもちろん、魔法での探索でも見つけることは出来なかった。


 俺の横を走っていた、アルティが心配そうに声をかけてくる。


「ルーベウムの返事がないのですか?」

「ああ、何かあったな」

「妨害だと思う」


 突然口を開いたのは、俺の懐の中でずっと大人しくしていた人族の神霊フィーだ。


「フィー、妨害ってなんだ?」

「それ。その通話の指輪は別に万能じゃないし」


 フィーの言う通りではある。

 通話の指輪は非常に高価ではあるが魔道具の中では数も多く使用される頻度も高い。

 妨害させる術式はある。

 王宮などの機密を話される場所には、通話の指輪を封じる術式がかけられているのが普通である。


「だが、さすがにそんな術式がかかっているなら、俺もルーベウムも気付くが……」

「話す方か聞く方、どっちかを妨害すればいいし。こっちが妨害されてないなら、妨害されているのはルーベウムの方だよ」

「……妨害されているなら、そうだろうが」


 見えないとわかっているのに、思わず俺は再びルーベウムがいるはずの上空を見た。


「通話できないならそうだよ」

「心配だな」


 ルーベウムは強い。だが、まだ赤ちゃんなのだ。

 俺はルーベウムを魔法を使って探索し続ける。

 だが、まったく見つからない。


 ルーベウムが本気で隠れているならば、かつ、ある程度離れていれば見つけることは難しい。

 見つからないということは、本気で隠れ続けられる状況ということ。

 つまり無事である証拠だ。そう考えたい。

 いや、俺がそう信じたいだけなのかもしれない。


「それと、ウィルに伝えないといけないことがある」

「何をだ?」

「気をつけろって」

「誰が? 何に?」

「神様が。何にかはわかんない」

「神託か」


 今まで、フィーはずっと大人しくしていた。

 俺は寝ていると思っていたが、神託を受けるために無言で動かず大人しくしていたのかもしれない。


「そう。だから疲れた」

「お疲れさま。気を付けるよ」


 人神は、何に気をつけろとは言わなかった。

 ルーベウムが危ない目に合っているなら、きっと教えてくれるだろう。

 だから、ルーベウムは無事に違いない。

 その判断も、俺の願望にすぎないのかもしれないが。


「神託ならもう少し詳しいことを教えてくれよ」


 そうぼやいたところで仕方がない。

 神には神の都合があるのだ。それも人の身には計り知れない都合があるのだろう。


 人神はこれまで神託を使って俺に警告などしたことなかった。

 よほど、恐ろしいことが起こるのだろうか。


 いや、元々人神は俺との間に何らかの連絡手段を考えると言っていた。

 その結果送られてきたのがフィーだ。


 フィーは出会ったばかりの頃、人神をその身に降ろして激しく消耗した。

 その消耗が回復したから、神託を降ろせるようになったと言うだけなのかもしれない。


「警戒はすべきだな」

「そうですね」


 アルティは力強く頷いた。


 そして俺はジェマが向かった方向へと、走っていく。

 ジェマが向かった場所、つまりルーベウムが最後の班と暗殺者が戦っていると教えてくれた場所に到着する。


 だが、そこには誰もいなかった。

 教団の暗殺者も、生徒たちも、ジェマもいない。

 死骸すらなにもなかった。

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