第167話 救出 その2

 俺は小さな傷を治癒魔法でふさぎながら、生徒に語り掛け続ける。


「入学したばかりのはじめての合宿で、ここまでやれたなら充分だろう。総長先生も褒めてくれるだろうさ」

「そうだといいがな」

「お師さまは評価してくれると思います」

「……総長先生の直弟子のアルティがいうなら、そうかもしれないな」


 そういって、生徒は、初めて少し微笑んだ。

 生徒が、精神的に立ち直ったようだ。

 帰ったら、念のためにゼノビアに褒めるように言わなければなるまい。


 生徒の心が立ち直ったので、痛みの伴う侵襲性の高い治療に入る。


「……痛いぞ。曲がってくっつかないよう、治癒魔法をかける前に骨を元ある形に戻す」

「ああ、やってくれ」

「なるべく一瞬で済ませる。耐えてくれ」


 俺は一息に逆に折れ曲がった右ひざをもとの位置に戻す。


「ぐうっ」


 生徒は、目をつぶり、うめき声をあげて、手を強く握り痛みに耐えていた。

 俺は骨の位置が戻ったところで、すぐに治癒魔法で骨をつなげ、傷をふさぐ。


 間をあけずに左ひざも同様の処置をする。

 二度目は生徒も同様に耐える。


 次は骨が飛び出た右のすねの治療だ。

 骨をもとの位置に無理やり戻してから治癒魔法をかけるのだ。


「これで、よしと。後遺症も残るまい」

「ありがとう。ウィルは俺が考えていたよりも凄いんだな」

「当たり前だ。小賢者の弟子だぞ」


 俺はそういいながら、生徒を防水布で体を覆う。


「フルフル頼む」

「ぴい」


 フルフルは、先ほどと同じように防水布の内側を乾かしていく。

 その間に、俺は自力で立てていた残り二人の生徒に話しかける。


「大丈夫か? 見せてくれ」

「私たちは本当に大丈夫よ。かすり傷だけだもの」

「あいつらは毒を使っている可能性が高い。かすり傷も放置しない方がいい」

「そうだったのね……」

 二人の生徒も毒と聞いて、顔を青ざめさせた。


「気を張っているから、症状に気付かなかったのだろうが、確実に聞いているはずだ」


 それに雨もある。雨で体が冷えているから体調が悪いのだと誤解しやすい。

 毒による悪寒や吐き気なども気付きにくいだろう。


「でも、解毒って――」

「それに関しては安心してくれ。俺は毒の特定をせずとも解毒する術を知っている」


 毎回説明するのが面倒だが、仕方がない。

 解毒するには毒を特定しなければならないのは常識なのだ。


「そんな方法が?」

「詳しくは学院に帰った後にティーナにでも聞けばいい」


 そんなことを話しながら、生徒二人にも解毒の魔法と治癒魔法をかけていく。

 傷を見ると、二人ともけして浅くはなかった。


 気を張っているから、戦闘態勢を維持できていたのだ。


「治療は終わったが……。重傷者二名を抱えてベースキャンプに戻るのはきついよな……」


 俺がどうしようか相談しようと、ロゼッタたちの方を見ると、

「ん、わかってる。あたしが責任をもってみんなを連れていくよ」

 ロゼッタが笑顔で言った。


「ロゼッタ一人では大変でしょうし。わたくしもついていきますわ」

「ウィルとアルティはここは気にせず、先生の援護に向かっておくれ」

「……助かる」


 そういって、俺は走りだとそうとした。

 まさにその時、何者かが近づいて来る気配を感じた。気配は二人分だ。


 その気配の主は、隠れることなく近づいてくる。殺気は感じない。

「……待たせた」

「無事なようだな」

 そういって、二人は負傷者に目を向ける。

 二人とも俺とは面識のない者たちだった。


 だが、ティーナが言った。

「先生。いらしてたんですか?」

「ああ、非常事態にならなければ、お前たちの前に姿を現すことはなかったんだがな」


 俺の耳元でロゼッタが言う。


「学院の先生だよ」

「そうなのか」


 隠れて合宿についてきているという五人の助手のうちの二人なのだろう。

 その教員は俺を、上から下までじっくりと観察するように見て言った。


「君がウィルだな。ジェマ先生から聞いている。ここは俺に任せて先生のところに向かってくれ」


 ジェマは教員同士連絡を取る魔道具を持っている。それを使って連絡をしたのだろう。

 それで、ベースキャンプに移動した助手の二人が助けに来たようだ。


「では、ここは任せました」

「ああ、生徒に任せるのは、釈然とはしないが……」


 助手である自分がジェマの救援に向かうべきだと本心では思っているのだろう。

 気持ちはわかる。俺も同じ立場ならそう思うはずだ。


 だが、その教員はにこりと笑う。

「ジェマ先生の指示だ。仕方ない。ウィル。強いとは聞いているが、まだ生徒なんだ。とにかく気をつけろよ」

「はい、先生。先生もお気をつけて」


 そして俺は走り出す。

 アルティ、ティーナ、ロゼッタ、シロとフルフルもついて来る。フィーは相変わらず俺の服の中だ。

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