第166話 救出

 ジェマが消えると同時に、俺は皆に言う。


『生け捕りにすることは考えなくていい』

『わかりました』

『俺とアルティが突っ込む。ロゼッタとティーナは生徒の保護と敵が逃亡しようとしたら防いでくれ』

『わかりましたわ!』

『任せておいて』


 暗殺者は七人と対峙する生徒は四人だ。

 最初、暗殺者は八人いたのだろう。生徒の足元には一人の死体が転がっている。


 生徒の方も無事ではない。戦闘不能なのは二人。

 一人は血を失って動けていない。ぐずぐずしていたら助かるまい。

 もう一人は命に別状はないようだが、両足が曲がってはいけない方向に曲がっている。

 痛みで気絶していないのが奇跡と言うべきだろう。


 生徒たちが生きているのは、それが足手まといを作るという作戦の一環だからだろう。

 生徒の一人の足を壊したのも、生徒たちが逃げ出さないようにするためだ。

 暗殺者たちはいつでも皆殺しにできるのに、あえてとどめを刺さずに時間を稼いでいるのだ。


『……ティーナ、隙を見て怪我人の治癒を頼む』

『はい、了解しましたわ』


 そして、俺は暗殺者と生徒の間に飛び込んだ。

 目の前に、俺が突然現れたにもかかわらず、暗殺者たちは驚きもせず攻撃を仕掛けて来た。

 対応が早く、冷静だ。


 その攻撃を防ぐと同時に、暗殺者を倒していく。


 先ほどティーナたちにも言ったが生け捕りにしなくてもいい。

 どうせこいつらは下っ端だ。得られる情報など大したものではない。


「ちぃっ!」


 俺が暗殺者を三人倒したところで、暗殺者たちは逃亡をはかる。

 撤退すべき時の判断も正確だ。

 だが、気配を探る技術が追い付いていない。

 暗殺者の背後に回り込んだアルティには気づいていなかった。


「…………」

 無言のアルティに一瞬で二人倒される。

 残りの暗殺者は二人。

 その暗殺者二人が、アルティに気付いて一瞬固まったところを俺が仕留めた。


 敵を全員倒して、俺は後方に呼びかける。


「ティーナ、大丈夫か?」

「こちらは大丈夫。でも、血を失いすぎているから、しばらくは動けないわ。あと体温の維持ね」


 俺とアルティが暗殺者たちを倒している間に、ティーナは瀕死の生徒の治療を終えていた。

 傷をふさぐための治癒魔法だでなく、解毒も済ませている。

 手早くロゼッタが、雨に打たれ続けて身体が冷えないように、防水の布でくるんで暖める。

 血を失った状態で、雨に打たれ続ければ、命にかかわるからだ。


「フルフル頼む」

「ぴい」


 フルフルが防水の布の中に入っていく。

 しばらくの間、血を流しながら、雨に打たれ続けていたのだ。

 もうすでにだいぶ血と体温を失っている。折角傷をふさいで解毒しても、死にかねない。

 だから、フルフルが濡れた服から水分を吸収し、乾かす必要があるのだ。


「ぴいぴい」

 すぐにフルフルが防水布の内側から出て来る。


「フルフル助かったよ」

 フルフルによって、瀕死だった生徒の衣服はきっちり乾いた。

 すぐにティーナが魔法のものすごく微弱な状態でコントロールして、瀕死の生徒の身体を温めていく。


 しばらくティーナが魔法をかけていけば、瀕死の生徒も助かるだろう。


「ティーナ、お見事。他の生徒の治療は俺に任せてくれ」

「お願いするわね」


 俺は次に足の骨が完全に砕けている生徒に近寄る。


「大丈夫か?」

「ああ、俺は大丈夫だ。俺より先にあいつを……」


 そう言って、ティーナが暖めている瀕死の生徒の方を見る。


 両足が折れている激痛に加えて、暗闇、雨に打たれている状態なのだ。

 それに俺たちも小声で話していた。

 俺たちの声も雨音に紛れる。状況把握ができていなくても当然だ。


「あいつはティーナが治療している。大丈夫だ」

「……そうか。ありがとう」


 俺は生徒の怪我の様子を確認する。

 両足はひざのところで、逆方向に曲がっていた。

 それだけでなく、右足のすねの骨も折れて、肉を突き破っている。

 主な怪我はその三か所。小さな傷は無数にあった。


「情けねえよ。ずっと訓練してきたのに、あっさりやられてしまった」

「自信を無くすな。正直あいつらはかなり強い。フルフル。傷の洗浄を頼む」

「ぴい」


 フルフルが傷口を洗浄し、泥や汚れなどを取り除いてくれる。

 俺は同時に解毒魔法をかけて行った。


 そして生徒は呻くように言う。


「……慰めはやめてくれ。ウィルたちは一瞬で敵を倒したじゃないか」

「嘘じゃないし慰めでもない。俺が特別なだけだ。寵愛一柱で小賢者の直弟子になった八歳だぞ」

「そういえば、そうだったな」


 そういって、生徒は苦笑した。


「あいつらが強かったのは事実だ。王国精鋭の近衛騎士だろうと同数いないと苦戦するレベルだよ」

「……そうか」


 王国ではないが、アルマディ皇国の皇女ティーナの護衛でも全滅しかけたほどだ。

 それほど教団の暗殺部隊は強い。


「二倍の数のあいつらを相手にしたら、近衛騎士だって全滅しかねんぞ」


 優しく声をかけながら、俺は解毒魔法をかけていった。


「フルフル助かった」

「ぴ」

 フルフルの傷の洗浄に加えて、俺も簡単に清浄にする魔法もかける。

 これでやっと、傷の治癒に入ることができる。

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