第160話 偵察

 俺に撫でられたルーベウムはパタパタ飛びながら、首をかしげる。


「ルーベウム、斥候を頼めるか?」

「きゅる? いいよ!」


 ルーベウムは嬉しそうに尻尾を揺らす。


「斥候だと? いや、さすがに生徒にそれを頼むわけにはな」

「私がというよりもルーベウムに頼もうと思っていますが……」

「生徒の従魔なんだ。同じようなもんだ」


 ジェマは渋るが、ルーベウムが堂々と言う。


「ルーベウムはそういうの得意。きゅる!」

「そうなのか?」


 ルーベウムは、とても賢くて可愛い竜の赤ちゃんにしか見えない。

 だから、ジェマは気配察知が得意というイメージがわかないのだろう。


「はい。ここだけの話。気配察知に関していえば、師匠よりも上です」

「なんだと? 小賢者様よりか?」

「はい」


 ルーベウムは気配の察知や隠し方を、俺や俺の弟子たちに教えるほどである。

 間違いなく第一人者だ。


 ルーベウムが周囲を警戒すれば、教団の襲撃も事前に察知できるに違いない。


「ルーベウム、偵察に行ってくる。きゅるるー」

「俺もついて行こう」

「だいじょうぶ。小さいまま飛ぶ。その方が目立たない」

「それはそうだが……」

「そのために、ぜ……、総長先生もルーベウムに指輪をくれたんだとおもう。きゅるるる」


 ジェマがいるので、ルーベウムはゼノビアのことを総長先生と呼ぶ。

 ルーベウムは赤ちゃんなのに配慮のできる立派な竜なのだ。


「ほう、総長先生が。それならば、ルーベウム頼めるか?」

「もちろんだよ。きゅるるる」

 ルーベウムは尻尾を振った。


「じゃあ、行ってくるね。きゅる」

「頼む。気をつけてな」

「わかってる。きゅぅる」


 そしてルーベウムは気配を消す。

 目の前にいるのに、存在感が消えていく。


「なんと」


 ルーベウムの、その見事な術にジェマが感嘆の声を上げる。

 ルーベウムは気配を消したまま、上空へ飛び立っていく。


 既に太陽は沈んでいる。加えてルーベウムの気配消しの技術は素晴らしい。

 そこにルーベウムがいると知っている俺が目を凝らしていても、見つけるのが難しいレベルだ。


「ウィル。ルーベウムは本当に凄いな」

「ありがとうございます」

「さすがは小賢者様の弟子だな」

「凄いのはルーベウムですよ?」

「そのルーベウムを従魔にしたのだ。誇りに思え」

「はい。ありがとうございます」


 そんなことを言っている間に、ルーベウムは見えなくなった。


「ルーベウム大丈夫かなぁ」

 ロゼッタも心配そうに空を眺めていた。



 それから、しばらくすると、雨がぽつぽつと降り始めた。

 ロゼッタやティーナ、アルティにはテントに入ってもらう。


 だが、俺は外で待機する。

 ルーベウムだけ濡らして、自分だけテントの中に入るのはどうしてもいやだったからだ。


「ぴぃ」

 フルフルが俺を気遣うように肩の上に乗った。

 傘になろうとしてくれているのかもしれない。


「大丈夫だよ、フルフル」

 俺はフルフルを撫でると、ルーベウムに呼びかける。


「ルーベウム。大丈夫か?」

『だいじょうぶ。でもね、なんか動きだしたよ。きゅる』


 雨と同時に動き出したのならば、それは教団の手の者の可能性が高い。


「そうか、警戒を続けてくれ」

『わかった。きゅる』


 話を聞いていた、ジェマが言う。


「襲撃か。襲撃計画は本当だったということか」

「ジェマ先生。総長先生からどう言われたかは知りませんが、敵の狙いは恐らく先生です」

「……だろうな」

「御存じならば話ははやい。先生はこちらでアルティたちと待機していてください」

「ウィル。何を言う」

「敵の狙いに乗ってやる必要はありません」


 俺がそう言うと、ジェマは俺の目をじっと見た。


「それでもだ。敵の罠だろうと、生徒が襲われたのならば命を賭して助けに行かねばならぬ。それが教師だ」

「……わかりました。出過ぎたことを言いました」

「よい。戦術としては、ウィルの方が間違いなく正しい」


 その時には、ティーナ、ロゼッタ、アルティがテントから出てきていた。

 シロとフルフルも堂々と立っている。

 ちなみに、フィーはずっと俺の懐に入っていた。


「ウィル。敵ね。任せて」

「うん。あたしたちも役に立てるはず」

「……」

 そしてアルティは無言で力強く頷いた。


「心強いよ。だが、いまはルーベウムの続報待ちだ」


 教団の刺客は、恐らく同時に攻撃を仕掛けてくるはずだ。

 そして、そのほとんどは教員と助手でぎりぎり対応できるレベルだろう。

 その中に、本命のジェマを暗殺するための部隊を紛れさせるに違いない。

 俺たちが対処しなければならないのは、その本命だ。


 俺たちはしばらく雨の中、待機する。徐々に雨脚が強くなっていく。


『つよいのをみつけたよ!』


 豪雨と言っていい状態になったころ、ルーベウムから報告があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る