第159話 日没

 俺は自分の従魔におやつを与えてくれたジェマにお礼を言う。


「ジェマ先生。ありがとうございます」

「こちらこそ、ありがとう。ウィル、フルフル。合宿中に身ぎれいにすることなど諦めていたぞ」


 ジェマは、フルフルを抱っこしたまま、肉を食べさせている。


「お役に立てて良かったですよ」

「ぴい」

「フルフルもおやつありがとうと言っています」

「なに、身ぎれいにしてくれたお礼だ。ありがとうフルフル」


 そういってフルフルを優しく撫でる。

 アルティと同じく、可愛いものが好きなのかもしれない。


「ところで、ウィル。入試の時の記録では従魔は二匹だったよな」

「そうですね。入試の際はフルフルと、ここにいない犬のルンルンだけでした」

「ふむ。ということは入学してから、ヤギと竜の子と精霊を従魔にしたのか?」

「厳密に言うと従魔ではないのですが、仲間にしたのは事実ですね」

「……ふーむ。従魔ではないのか?」

「はい」


 従魔ではなく、神の眷族であるとは軽々しくは言えない。

 だが嘘をつくのも嫌なので「はい」とだけ答えた。


「ふむ、なるほどなぁ」


 俺が詳細を説明したくないのだと、ジェマも気付いたようだ。


「通常、優れた従魔使いも二匹が限界だというのに、規格外だな」

「ありがとうございます」


 詳しい説明を求めることなく、ジェマはそれで話を終えてくれた。

 俺がミルトの弟子なので、必要な情報ならばミルトが教えてくれると思っているのだろう。



 その後は夕食の準備をしながらゆっくりと過ごす。

 途中で倒した魔猪の肉を処理して、焼いてから魔法の鞄に保管する。

 こうしておけば、冷めずにいつでもおいしい焼肉を食べれるのだ。

 その間、俺もルーベウムも周囲を慎重に観察していたが、教団の刺客はいないようだった。


 俺たちの班についていたであろう助手は、俺たちのベースキャンプ到着を確認するとどこかへ消えた。

 他の班を陰から見守る仕事に戻ったのだろう。


 ジェマはたまに、魔道具を使って連絡を取っているようだ。

 表情から察するに、特に問題などは起きていなさそうだった。



 だから、安心して俺たちはのんびり過ごす。

 シロやルーベウム、フィーとフルフルと遊んだり、おやつを食べたりしていると、太陽が沈み始めた。


「雲行きも怪しくなってきたね」

 ロゼッタが暗くなりつつある空を見上げて言う。


「昨日なみに雨が降ったら、面倒だな」

「ウィルの言うとおりだよ。あたしたちはベースキャンプに到着したからいいけど……」

 ロゼッタは他の班を心配しているようだ。


「まあ、基本的には大丈夫だ。雨に降られたときの対策もきちんと教えている」

 ジェマが俺たちを安心させるためか、そんなことを言う。


「それに、わざわざ雨の多い時期を選んで合宿しているんだ」

「そうなんですか?」

「ああ、進級すれば、雪や雷、嵐の日対策の合宿もあるぞ」

「それは楽しみですね」

「ウィルよ、心にもないことを言うな。どうせ参加しないつもりだろう」

「師匠の指示次第ですね」

「だろうな」


 そして、ジェマは、生徒たちがいるであろう方向に目を向ける。


「結局日没までに戻ってこれたのは、直弟子たちの班だけか」

「遅れ気味ですか?」

「いや、日没までに帰って来れる班など数年に一回と聞いている」

「大体、どのくらいに帰ってくるのですか?」

「明日の昼ぐらいだな」


 どうやら、この時期は日没しばらく後、雨が降ることが多いそうだ。

 だから、生徒たちの多くは、緊急避難的に野宿する。


 夜、しかも雨の中、むやみに歩き回るのは危険だからだ。

 そして日が昇ってから生徒たちは動き出す。


 結果として、ベースキャンプへの到着は、昼過ぎになるのだと言う。


 そして、俺はルーベウムを撫でながら、襲撃があるならば、いつであるか考えた。

 こういう時、敵の立場で考えることが重要だ。


 敵の狙いはジェマを殺すことだ。

 そのために、生徒を狙って足手まといとし、ジェマが全力で戦えない状況を作りたいはずだ。


 それで肝心なのは、いつが一番ジェマの全力を出せないタイミングかだ。

 足手まといである生徒が最も多い時は、全員が帰還したときである。

 だが、その時には、ジェマの他に、教員二名と助手五名も帰還している。


 そのことを考えたら、日没後。生徒たちが野営をして眠りにつくタイミングが最も効果的かもしれない。

 襲撃されたとの連絡をうけて、ジェマが駆けつけるにしても、日没後の方が時間がかかる。

 ジェマが駆け付けるまでに、優位な状況を築きやすくなるだろう。


 俺が真剣に考えていると、俺の様子に気づいたジェマが声をかけてきた。


「ウィル。何か気になる事でもあるのか?」

「勿論ありますよ。例の件で」

「ウィルの懸念はわかる。確かに嫌な時間帯に入って来たな」

「はい。日没後、雨まで降られたら、どうしても後手になりますから」


 暗闇は姿を隠し、雨は音と臭い、気配を隠す。


「先手を取るために、斥候を出したほうがいいかもしれませんね」


 そう言って、俺はルーベウムを優しく撫でた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る