第157話 課題の終わり

 俺たちは日の沈む三時間ほど前にベースキャンプに到着した。

 ベースキャンプに待機していたのは、予想通りジェマだった。

 ジェマは大きめの切り株に暇そうに座っていた。


 ロゼッタが目的地からとって来た水晶の髑髏をジェマに手渡した。


「よし。合格だ」

「ありがとうございます」


 嬉しそうにお礼を言うロゼッタの頭をジェマはワシワシと撫でる。


「さすがは直弟子たちの班、帰還第一号だな」

「ロゼッタとティーナが優秀でしたから」


 俺がそういうと、アルティもうなずく。

「はい。私は何もしてません」

「俺とアルティは後ろをついて行っただけですからね」


 それを聞いて、ジェマは「ふぅん」と呟いた。


「そ、そんなことないけど……」

「うん、ウィルとアルティがいたから、迷わず進めたというのはありますわ」


 ロゼッタとティーナは照れていた。

 そんなロゼッタとティーナに、シロは交互に頭突きしている。

 長距離で小走りで戻って来たというのにシロの体力は有り余っているようだ。


「それで、ジェマ先生、次の課題はなんですか?」

「もうない。生徒たちが帰ってきたらテントを撤収して学園に帰還だよ」

「随分とあっさりしてるんですね。本当は秘密の課題がまだあるんじゃないですか?」

「ウィル。お前なぁ、自分基準で考えるな。一年生の、しかも最初の合宿だぞ」

「そうですね。知ってます」

「もうすでに充分。特に昨夜は運よく、いや生徒たちには運悪く雨も降ったからな」

「なるほど」

「ああ、昨夜、乾燥の魔法をほかの班にもかけてやっていたな」

「問題ありましたか?」

「いや、問題ない。お前たちがしなければ、教員が何とかするところだったからな」

「そうだったのですか?」

「当たり前だ。濡れたままでは肺炎になりかねんだろう?」

「生徒に課す試練の邪魔とは思われませんでしたか?」

「そんなことはない。あれは良い働きだった。教員がやるよりも教育効果が望める。成績に少し色を付けてやろう」


 個人的には甘い気がしなくもない。

 実際に冒険の現場や戦場では、雨に濡れたときの対処も自分でしなければならないのだ。


 俺の考えていることを予想したのか、ジェマが言う。


「全員が救世機関に入るわけでもない。それに魔物と対峙するのも初めては奴すらいる。ゆっくり育てばいい」

「……確かにそうかもしれません」


 学院には最短で四年、最長で十二年在学できる。

 そして、学院の卒業生のほとんどは、各地の王宮の宮廷魔導師や騎士団、賢者の学院などの高等教育機関に進む。

 それが救世機関のコネクションを形成するので、成績優秀者以外のも重要なのだ。


「自由時間だ。疲れたならテントの中で昼寝でもしておけ。ただし遠くには行くなよ」


 そういったジェマは本当に暇そうだった。

 恐らく定時連絡と、非常時以外、特にすることもないのだろう。


「ウィル。フルフルを借りてもいいかしら?」

「フルフルがいいならいいよ」

「ぴぃぎ!」

「いいみたいだ」

「ありがとう。じゃあ、フルフル一緒に来て欲しいの」

「ぴぃ!」


 テントに、ティーナ、ロゼッタ、アルティがフルフルと一緒に向かう。


「ぼくもいく!」「わたしも!」


 ルーベウムとフィーが、慌てたようにティーナたちについてテントに向かった。

 恐らく、フルフルだけがおやつを貰うのだとでも勘違いしたのだろう。


 だが、それは誤解というものだ。フルフルだけにテントでおやつをあげる理由がない。

 恐らく、ティーナたちは身ぎれいにするつもりなのだ。

 フルフルは身体や服についた汚れだけを吸収して、水にして排泄できる。


 以前、フルフルがサリアを身ぎれいにしたことを知って、アルティが冒険の際に役に立つかもと言っていた。

 それを実際に試しているに違いない。


 俺も後でフルフルに頼もう。

 アルティたちがテントに行っている間に、俺はジェマに話かけた。


「ジェマ先生。今、お話良いですか?」

「なんだ?」


 俺がジェマと会話するために近寄ると、シロが嬉しそうに頭突きしにいく。

 いつも食い意地が張っているシロなのに、ルーベウムたちと一緒にテントには行かなかったのだ。

 いや、おやつをもらえそうな気配に敏感なシロだからこそ、もらえないと正しく判断したのかもしれない。


 とはいえ、今は真面目な話をする予定なので、俺はシロの頭突きを止める。


「だめだ、シロ」

「めぇ?」

「構わん。頭突きぐらいさせてやれ」

「……わかりました」


 楽しそうに頭突きするシロをみて、ジェマは少し微笑んだ。

 もしかしたら、ジェマもアルティと一緒で動物が好きなのかもしれない。


「ほんとに課題は終わったと考えても?」

「そう言ったはずだ。嘘はつかん。いや、たまには嘘をつくが。今回は本当に終わりだ」

「そうですか。そういうことならば、伝えておくべきかもですね」

「なにがだ?」

「実は我が師ミルトから、襲撃される計画があるから警戒しろと言われていまして」

「……ほう。小賢者さまがな」

「アルティも剣聖さまから言われています」

「ティーナとロゼッタは?」

「彼女たちには私から教えています。いつ伝えてもいいと小賢者さまだけでなく、水神の愛し子さまと勇者さまにもいわれていますから」


 ロゼッタが勇者レジーナの弟子であることは、生徒たちは知らない。

 だが、課題や単位認定の関係上、学院の教師は当然知っているのだ。


「……そうか。それが、賢人会議の皆様のお考えか」

 そう呟いて、大きく息を吐いた。

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