第154話 夜の雨

 その目的地は、樹海の中では、比較的木々が少なく、傾斜も少ない平地となっているところだった。

 とはいえ、至る所に岩が突き出ていて、木の根がそこら中を張っている。


 ジェマは肩で息をする生徒たちに向けて言う。


「三十人全員いるな。学院の生徒ならば当然だが」


 入試には、この程度の行軍に付いてこれない奴をはじくという目的もあったのだろう。


「さて、もう夜は遅い。寝る準備をしろ。明日は早いぞ?」

 そう言って、ジェマと教員たちはテントを建て始める。


「今日はもうやることはない。見張りはこっちがしておく。各班、準備が終わり次第寝ていいぞ」


 生徒たちも班ごとにテントを建てていく。

 だが、雨の中、しかも真夜中だ。手こずる班もある。

 そして、テントの中が雨具から落ちる水滴や、自分たちの汗で濡れたりしないようにするために苦戦している。


 そんな中、ジェマたち教員はテントをあっという間に建てて、中に入ってしまった。

 いちいち教員は面倒をみない。そう態度でわからせているようだ。


 生徒たちの中には泣きそうになっている者もいる。

 俺たちの班は、ロゼッタが中心となってテキパキとテントを建て終わる。

 テントも雨具と同じく学院からの支給品だ。


 生徒の所持品を自由に使わせたら、貧富の差が大きくなってしまうと言うことだろう。

 それに、質の悪い品を使わせることで、過酷な環境になれろという意味もあるのかもしれない。

 実際に冒険者や騎士になれば、現場で常に質のいい装備を揃えられるとは限らないのだ。


 俺たちは建て終わったテントの中に入る。

「テントは四人には少し狭いね」

 そう言いながら、ロゼッタは雨具を脱いでいく。

 ティーナもアルティも雨具を脱いでいく。


 俺も雨具を脱ぐと、タオルを出して、シロとルーベウムをわしわしと拭いた。

 フルフルは濡れても水を体表から吸収できるので大丈夫だ。


「暑いわ!」

 俺の懐に入っていたフィーが出てきてフルフルの上に乗る。


「雨具を着ているとどうしてもな。でも雨に濡れるよりかは体力の消耗は少なくて済むんだ」


 そんなことをフィーと話していると、アルティは服を脱ぎ始める。

 あっというまに下着になり、さらにその下着まで脱ごうとした。


「ア、アルティ?」

 ティーナは慌てて止める。

「濡れたまま服を着替えないと、風邪を引きます」

「そうかもしれないけれど……」


 そういって、ティーナは俺の方をチラリと見た。

 男の前で服を脱ぐなと言いたいのだろう。


「雨の中、ウィルに外に出ていろというのは酷です。それに実戦に出るならば恥ずかしいとか言っている余裕はありません」

「……そうかもしれないわ」


 アルティの言っていることは正論だ。恥ずかしがって死んだら洒落にならない。

 そうは言っても、ティーナやロゼッタに割り切れというのは難しかろう。


「俺は後ろを向いておこう」

「……ありがとう」


 俺が後ろを向いていると、雨音にまじって衣擦れの音が聞こえてくる。

 アルティたちの着替えが終わった後、俺も着替えた。

 何も言わなかったが、アルティたちは後ろを向いてくれていた。


「脱いだ服は乾かしておこう。アルティたちの服も貸してくれ」


 俺は自分とアルティたちの脱いだ服を魔法で乾かしていく。

 暖かい風を吹かせて、乾燥させるのだ。


「こ、これはわたくしが乾かしますわ!」

 俺が順調に服を乾かしていると、ティーナが慌てたように下着を隠した。

「配慮が足りなかった。すまない」

「い、いえ」


 アルティ、ティーナ、ロゼッタの下着はティーナが乾燥させてくれた。


「ぴぃぴぃ」

 その間、フルフルがテントの床を動きまくる。

 どうやら、フルフルが水分を吸収して乾かしてくれたらしい。


「……魔法を使わなくても、フルフルに頼めば良かったな」

「ぴぃー」


 フルフルは、洗濯、乾燥も得意なスライムだ。

 一通り、寝るための準備を終えた後、俺は皆に言う。


「ちょっと、他のテントを見てくる。乾燥魔法を使える班ばかりじゃないだろうしな」

「あ、わたくしも手伝いますわ」

「いや、俺とフルフルだけで大丈夫だ。大した手間ではないし。みなは先に寝ていてくれ」


 そして、俺はフルフルと一緒に各班のテントを回った。

 中には、テントの中と服がびしょびしょになっていて途方に暮れている班もあった。

 俺とフルフルは、各班の服とテントを乾燥させていく。


「ウィル助かったよ」

「気にしないでくれ。大した手間じゃない」

「でもよかったのか? 俺たちは別の班だが」

「先生は他の班を助けるなとは言っていなかったからな。とはいえ、明日も手伝えるとはかぎらないけど」

「それはわかってる。でも、服とテントを乾かしてくれただけで、すごく助かるよ、ありがとう」


 全部のテントを回った後、俺とフルフルは自分たちのテントに戻る。

 外を歩いている間、フルフルが濡れないようにカバーしてくれていたので俺は濡れなかった。

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