第153話 合宿の始まり

 前まで移動する途中、生徒たちから同情の目で見られた。

 生徒たちは俺が怒られると思っているらしい。


「ウィル。とりあえず座れ」

「はい」

 ジェマに命じられたとおり、その正面の席に座る。


「ウィルは小賢者さまの弟子だったな」

「はい」

 俺に付いてきたシロがジェマの足に頭突きを始めようとする。


「こら、シロ――」

「そんなことはどうでもいい」


 シロの頭突きを止めようとした俺を制止して、ジェマは続ける。


「入試のデータは読んでいるのだがな。守護神は一柱の八歳。だが決闘で守護神四柱二人に勝ったと」

「その通りです」


 その間、シロは楽しそうに頭突きを始める。

 だが、ジェマは特に気にしていないようだ。


「守護神の数は目安だ。どうでもいい。何ができる? 小賢者さまが弟子にしたということは魔法が得意と考えればいいのか?」

「はい。魔法が得意ですね。ですが武器と素手戦闘も得意です」

「……ほう」


 ジェマは俺のことをじろりと睨む。

 俺がエデルファスの転生体であることをジェマは当然知らない。

 この合宿を襲撃する計画があることはジェマも知っているはずだ・

 だが、襲撃の可能性を俺が知っていることを、ジェマは知らないのだ。


「アルティ! ティーナ!」

「はい」

「どうされましたか?」


 ジェマに呼ばれて、馬車の後ろの方からアルティとティーナがやってくる。

 アルティはフルフルを抱っこしまたままだ。


「アルティは剣聖さまの弟子で、ティーナは水神の愛し子の弟子だ。小賢者さまの弟子であるウィルのことも知っているのだろう?」

「はい」

「知っていますわ」

「剣聖さまや小賢者さまに一緒に訓練などもして貰っているのだろう?」

「はい」

 アルティの返事を聞いて、ジェマは頷いた。


「で、ウィルはどのくらい強い? お世辞も気遣いもいらん。率直に事実だけを言え」

「わたくしよりも、ずっとずっと強いですわ」

「具体的に言え。アルティはどう思う?」

「私よりも強いです」


 アルティはティーナと同じことを言う。全く具体的になっていない。

 だが、ジェマは眉をピクリと動かした。


「ほう。アルティより強いか」

「はい」


 それで説明は充分だろうと言わんばかりの態度で、アルティは立っている。


「私とウィルなら、どちらが強い?」

「私にはわかりかねます」


 アルティは即答した。

 それを聞いて、ジェマは一瞬真顔になる。


「……そうか」

 そして、嬉しそうに微笑んだ。。そして俺の顔を見る。


「アルティがそう言うならば、そう言うことなのだろう。期待している」

「ありがとうございます」


 その間、シロはずっとジェマの足に、リズミカルに頭突きしていた。



 それから俺とアルティはジェマの対面に座って過ごした。

 その後、十四時間ほど馬車に乗り、お尻が居たくなった頃、やっと目的地に到着する。

 日付が変わるまで後二、三時間といったところか。

 そして、最悪なことに雨が降っている。


 雨をみてげんなりしている生徒たちに、ジェマは感情のない声音で言った


「到着したぞ。さっさと全員降りろ」


 生徒三十名は、雨が降っている外に出たくないためか動作が緩慢だ。


「馬車から降りる野が遅い」

 ジェマは、小言をひとこと言うと、

「まあいい。日はとっくに沈んでいるが、ここには宿泊施設といった気の利いた物はない。黙って付いてこい」

 早足で歩き出す。


 生徒の中には馬車の移動で疲れたのか、歩き出すのが遅れた者もいた。

 その者たちに向けて、ジェマは足を緩めずに言う。


「ここをどこだと思っている。魔物が多く生息している魔の樹海だ。はぐれたら助からんぞ?」

「は、はい」

「私たちはお前たちを待つことはしない。はぐれたら一晩自力で生き延びろ」


 その言葉で、絶対はぐれたくないと考えた生徒がキビキビと動き始めた。


「言うまでもないが班ごとに行動しろよ。私たちは誰がはぐれても気にしない。代わりにお前らが班員のことを気にかけてやれ」


 そんなことを言いながら、ジェマはどんどん歩いて行く。

 二人の教員もジェマのすぐ後ろを付いて歩く。そして、三人とも後ろを振り返ったりはしない。


 生徒たちも、ジェマのはぐれても気にしないと言う言葉が本気だと理解したのか、一生懸命ついて行く。

 教員たちはかなり速く歩いて行く。生徒たちは小走りの状態だ。

 それで深い森の中を進むのだ。生徒たちの息も上がっていく。


 俺は周囲を魔法で探り、五名いるという助手のうち三名が俺たちの近くに潜んでいることに気がついた。

 ジェマは本気で生徒がはぐれて命を落としてもいいと考えているのではない。

 生徒に甘えを捨てさせるために、敢えて非情に見える態度を取っているのだ。


 その甲斐あってか、雨の中を生徒たちは必死になって、ついて行く。


 雨は生徒たちの体力を奪う要因の一つだ。

 当然、生徒たちは、みな雨具を持っていて、歩きながら装備していた。

 ちなみに雨具は学院からの支給品だ。あまり質は良くない。

 俺はもっと質のいい雨具を持っているが、公平を期すためにも、支給品を身につけた。


 質の良くない雨具をつけて小走りしていると、どうしても蒸し暑くなる。

 雨で濡れなくとも、自分の汗で服がぐしゃぐしゃに濡れていく。


 二時間ほど経ち、ほとんど日付が変わった頃、ジェマがやっと足を止めた。

「目的地に到着だ。おめでとう」

 そういって、ジェマはにっこりと笑った。

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