第152話 ジェマ

 ロゼッタ、ティーナは地図の配布を大体終えると、俺とアルティの方に来る。

「はい。ウィルとアルティもどうぞ」

「ありがとう」「ありがとうございます」


 俺とアルティは地図を受け取って、地図に目を通す。

 合宿は大きな山の麓にある深い樹海で行われるようだ。

 いくつか川も流れているし、高低差もそれなりにあるようだ。


 どうやら、合宿場所については、今日はじめて発表されたらしい。

 生徒たちも真剣な表情で、地図に見入っている。


「地形が複雑だな」

「そうだねー。どんな魔物が出るのかな?」

「そんなやばい魔物はでないと信じたいが……」


 生徒たちにも色々な経歴なものたちがいる。

 一度学院を落ちて、賢者の学院などを卒業してから再入学したものたちには魔物との戦闘経験がある。

 それ以外にも騎士や騎士の従士、冒険者などを数年やってから入学した者にも当然戦闘経験はある。

 だが、多くの神の寵愛を受けて能力の高かったものたちには、戦闘経験が皆無のものがそれなりにいる。

 戦闘経験の有無の割合は大体半々と言ったところだろうか。


 生徒たちが、少し興奮気味に、同時に緊張気味にわいわいと話し合って騒いでいる。

 その喧噪の中、音もなく扉が開かれると、一人の女性が入ってきた。


「随分と騒がしいじゃないか。元気そうで何よりだよ」


 よく通る声で女性がそう言うと、教室中が一瞬で静まりかえる。

 今回合宿する引率する教員だろう。その教員の後ろからさらに二人の男が入ってくる。

 ゼノビアから合宿の引率教員は三人と聞いているので、その三人に違いない。


 生徒たち全員がビシッと緊張した様子で背を伸ばしている。

 俺やアルティが教室に入ったとき静まりかえったのは、この教員が入って来たのかと思ったからかも知れない。

 そんな気がするほど、生徒たちは緊張している。


「ロゼッタとティーナから聞いているが、ウィルとアルティも合宿に参加するそうだな」

「はい。今日はよろしくお願いします」

「はい」


 俺は礼儀正しく挨拶をした。アルティはいつも通りだ。

 ゼノビアから、引率の教員のトップは救世機関戦闘部門のナンバー三である次長と聞いている。

 確かに、その教師からはただ者ではない雰囲気が漂っていた。


「ウィル。私の授業を全部サボったことについては何も言わん。だが私が教えたことは当然出来る者として扱う。わかっているな?」

「はい。心得ています」

「アルティは……まあいい」


 アルティは生徒として登録されているが、本来救世機関のメンバーだ。

 直属ではないが大きなくくりでは、その教師の部下に当たる。

 だから教師は元々アルティのことを知っているのだろう。


「とはいえ、私の名前ぐらいは教えてやるべきだな。ジェマ・ベロフだ」

「よろしくお願いいたします。ジェマ先生」

「そして、後ろの二人が――」

 ジェマを通じて二人の教員のことも紹介してくれた。

 二人の教員も救世機関の戦闘部門の一員として五年以上のキャリアを持つ一人前の戦士である。


 教員たちの、俺のためだけの自己紹介が終わると、外へと移動する。

 教室では、特に注意事項が話されたり、持ち物がチェックされることもなかった。

 そういうことは、あらかじめ授業で教えられているのだろう。

 にもかかわらず、出来ていないなら、それは生徒の責任ということだ。



 教員の指示に従って、外に出てしばらく歩くと、三台の大型馬車が用意されていた。

 それに分譲して合宿場所に向けて出発する。


 馬車は十人ぐらい座れる長椅子が左右に向き合う形で取り付けられていた。

 左の座席と右の座席の間はそれなりに空いていて、歩けるようになっている。

 椅子の素材は木で、座り心地はさほど良くない。


 三台の馬車には教員が一人ずつ乗り込む。

 他の馬車は生徒たちがある程度騒がしく話しているが、俺の馬車では誰も話さない。

 そう、俺の乗った馬車にはジェマが乗っているからだ。

 生徒たちは荷物を抱くようにひざの上に乗せてガチガチに緊張している。


 ジェマは馬車の先頭の方の右側に座る。

 その周囲には生徒が近寄らないので席が空いていた。


 俺たちはシロやフルフル、ルーベウム、フィーがいるので後ろの方に座った。


 俺はティーナに、小さな声でこっそり聞く。

「ジェマ先生って、そんなに恐いのか? みんな緊張しすぎだが……」

「そんなことないですわ。厳しいのは確かですけど」

「おい。ウィル。訊きたいことがあるなら直接訊け」


 ジェマに強めの口調で言われてしまった。

 その声で生徒たちがびくりとした。生徒たちに申し訳ない気持ちになる。


 小さな声で話していたし、ジェマとの距離も離れていた。

 それに馬車が動いているおかげで、それなりに騒がしいというのに、しっかり聞こえていたらしい。


「先生が、どういう先生と生徒に思われているのかは、先生に直接訊いてもわからないことなので」

 俺がそういうと、生徒たちが「口答えするなよ!」と言いたげな目で見つめてきた。

 そしてジェマは俺のことを鋭い眼光にで、睨みつけてくる。


「……ふむ。ウィルこっちに来い」

「はい」


 逆らうわけにはいかない。俺は大人しくジェマの前へと移動した。

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