第147話 弟子からの依頼

「合宿か。そういえばロゼッタたちが言っていたな」

「はい。師匠にとっては学院の授業など退屈すぎますし、失礼なお願いだとは思うのですが……」

「いや、それは構わない。何か理由があるんだろう?」

「その通りです」


 そしてゼノビアは丁寧に説明を開始した。

 枢機卿撃破から今日まで、ディオンが中心となって教団について調べていた。

 その結果、学院の合宿が狙われているらしいということがわかったようだ。


「まだ一週間だろう? よく調べられたな」

「師匠の疑念はごもっともですが、我々は常に諜報の網を張り巡らせておりますし」

「なるほど」

「それに、今回は敵の動きが少し雑でして、判明しやすかったというのもあります」

「雑?」

「ミルトの懸念が当たったようです。枢機卿が死んだことで勢力争いが起こったようで」

「なるほど。枢機卿を狙う大司教クラスが互いに出し抜こうとしているということだな」

「その通りです」


 これまでテイネブリス教団は、最高位の枢機卿団が中心となり完全な統制下で動かしていた。

 だが、いまは大司教同士、そしてその上の枢機卿同士が互いに出し抜こうとして動いている。

 ほころびが出るのは当然だ。


「不幸中の幸いだな」

「はい。師匠のおっしゃるとおりですね」

「ゼノビア。生徒の合宿を狙うと言うことは、引率の教師が幹部なのか?」


 生徒をいくら殺しても、短期的にはダメージにはならない。

 そもそも生徒を救世機関は戦力と考えていない。

 救世機関の弱体化にはつながるが効果がでるのは、早くとも十数年後。

 生徒が救世機関の主力となるはずだった年月まで待たなければならない。


「それも師匠のご推察の通りですね。教師のリーダーは戦闘部門の幹部です」


 ゼノビアが言うには、教師には優秀な人材を割り当てているそうだ。

 教師の主力は怪我をしたり高齢になって一線を退いた元超一流の人材だ。

 だが、最新の技術を教えるために、交代で教団の一線級の戦力も教員として送り込んでいる。

 加えて現役の救世機関の五年目ぐらいのメンバーも教師となっている。


「今回の引率の教員は三名は、戦闘部門の次長と現役の救世機関の平のメンバー二人ですね」


 次長というのは賢人会議を除けば、戦闘部門のナンバー三ぐらいの地位らしい。


「その次長を狙っているわけだな」

「はい。その可能性があります」

「そこまでわかっているなら、中止にしたらどうだ?」

「それがそうもいかない理由がありまして」


 諜報部門が察知した教団の動きはいくつもあるのだという。

 その全部が実行に移されるかもしれないし、すべてが偽の情報かもしれない。

 偽の情報ではなかったとしても、実行に移されずに終わるかもしれない。


「ちなみに、察知した動きはいくつぐらいあるんだ?」

「確度の低い物までいれたら数十はあります。確度の高い物だけで十五です」

「確かにそのすべてを中止するのは現実的ではないが……」


 生徒に関する計画だけでも安全重視で中止すべきではないだろうか。

 そう思ったのだが、ゼノビアは首を振る。


「学院に関する計画は、確度の低いものを含めれば二十あります。確度の高いものだけで十ですね」

「……そんなにあるのか」


 枢機卿の座を巡って、大司教たちが手柄を立てるために一斉に動き出したゆえだろう。


「救世機関の幹部を倒すことは教団にとっても難しいことです」

「なるほど。生徒が足手まといになり得るということだな」

「まさにその通りです」

「教師は当然そういう計画があることは知っているんだよな?」

「勿論です」


 教団としては生徒と一緒に居るところを襲い、生徒を逃したり守ろうとしてくれれば倒しやすくなる。

 それについでに生徒を殺せれば、教団にとってけしてマイナスにはならない。

 教団にとって、学院を襲うのは非常に効率がいいのだ。


「数多くの教団の動きに対応して中止してしまえば、教育自体が立ちゆかなくなります」

「ふぅむ。難しい問題だな」

「直近の合宿がたまたま師匠の学年のものでしたから、ここで徹底的に叩いておけば」

「教団も計画の見直しを迫られるということか」

「はい。その間に我らも対応策を練ることができますから」

「事情はわかった。合宿に俺も参加することにしよう」


 ゼノビアたちは数十の計画への対応で精一杯だ。

 だから俺にも動いて欲しいということだろう。


「そういうことならば、任せてくれ」

「ありがとうございます」

「それにしても数十の計画を察知するとは諜報部門も中々やるじゃないか」


 先日、多数のテイネブリスの尻尾と魔人に王都と学院に接近を許したとは思えない手際の良さだ。

 元々諜報部門は優秀で、枢機卿を失った教団が混乱しているために情報を集めやすいというのはあるのだろう。


「ディオンが諜報部門に技術指導を行った効果が出たのかもしれませんね」

 そう言って、ゼノビアは微笑む。

 そして、近くをパタパタ飛んでいたルーベウムの頭を撫でた。


「ルーベウムに教えてもらった気配消しと気配察知の技術が早速役に立ったぞ」

「そっかぁ。よかった」

「サスガです。ルーベウムさま」

 ドゥラも嬉しそうに尻尾を揺らしていた。


「そうだ。師匠。これを渡しておきましょう」

 ゼノビアは通話の指輪を渡してくる。


 既に俺は、俺の弟子たちとつながる通話の指輪を持っている。


「通話の指輪なら、持っているが」

 俺がそういうと、ゼノビアは首を振る。


「師匠用ではないです。ルーベウム用です」

「るーべうむの! きゅるきゅる」


 嬉しそうにルーベウムは尻尾を振っている。


「人の言葉を話せるルーベウムならば扱えるでしょう」

「るーべうむ、使えるよ! きゅるぅ」

「確かに、ルーベウムが所持していたら便利かもしれないな」


 ルーベウムは気配察知と気配隠しに非常に長けている。

 つまり斥候として最適なのだ。

 その際、通話の指輪を持っていれば、互いに連絡を取ることができ作戦の幅が広がるだろう。


「ゼノビア。ありがとう。助かるよ」

 そういって、俺は通話の指輪に紐をつけて、ルーベウムの手首にかける。


「ルーベウムは巨大化するからな。特別な素材がいるな」

「ソレナラ、マカせて」


 そういって、ドゥラが工房に向かう。そして紐を持って戻って来た。


「コレをドウゾ。ルーベウムさま」

「くれるの?」

「ハイ。ドウゾ、おツカイクダサイ。スウジュウバイのナガサにノビルソザイでツクラレタヒモです」

「すごーい。のびる! ありがとう。きゅるー」


 そう言ってルーベウムは腕に巻く。

「モッタイナキ、おコトバ」

「ドゥラ、その素材って?」

「ポイズンスライムのカワです」

「ぴぎ?」


 そばで大人しくしていたフルフルがスライムという言葉に反応する。

「フルフル。おこった?」

 ルーベウムが心配そうにフルフルに声をかける。


「ハ、ハイリョがタリズ……」

 ドゥラが困って慌てている。


「ぴいぎ」

 だが、フルフルは怒っていないようだった。

 単にスライムという言葉を聞いてやってきただけのようだ。


「スライムにもいろいろあるからな。俺も哺乳類だが、牛の革は使うからな」

「ぴいぎ~」


 フルフルは「その通り、それにポイズンスライムならいい」と言っているようだった。


「そっかー。安心したよー。きゅるるる」

「アリガトウゴザイマス」


 ルーベウムも、ドゥラもほっと胸をなでおろしたようだ。


 そして、ゼノビアはもう一つの通話の指輪をアルティに手渡した。


「アルティにも渡しておこう」

「よろしいのですか?」

「ああ、その方が便利だろう。明日にでもティーナとロゼッタにも渡す予定だ」


 今回の合宿の際、俺たち同士が離れることもあるとゼノビアは考えているようだった。

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