第87話

「お師さま、アルティです」

「うむ。少し待て」

「はい」


 ゼノビアはアルティたちを待たせながら、レジーナを見る。


「レジーナ。弟子たちの前で師匠を抱っこするのはやめておこうな」

「え? なんで?」

「いや、怪しいだろう? アルティ以外は師匠の前世を知らないんだ」

「ふーむ。それもそうだな」


 レジーナは俺をひざから降ろして、自分の横に置く。

 それを確認してから、ゼノビアは扉の向こうに言う。


「入ってよい」

「失礼します」


 入って来たのはアルティ、ティーナ、そしてロゼッタだった。

 アルティたちは、直立してきちんと整列している。


「ウィルには先に来てもらった。ルーベウムについて聞きたかったゆえな」

「はい」

「まあ、とりあえず座るがよい」

 ゼノビアはそう言いながら立ち上がって席を空けた。

 そして総長の椅子の方に向かう。

 ミルトとディオンも立ち上がって、隣の部屋へと歩いて行った。


「さてと……」

 レジーナも立ち上がると、それまでゼノビアの座っていた上座側の長椅子に腰かける。

 たとえゼノビアに座れと言われても、上座しか開いてなかったら生徒たちは座りにくい。

 だからレジーナは配慮して俺の横を空けたのだ。


「ロゼッタ、アルティ、ティーナ、ウィルの横に座りなさい」

「はい」

 一番緊張しているのはロゼッタだ。ティーナも少し緊張している様子だ。

 だが、アルティはまったく緊張していない。


 右端から、ロゼッタ、ティーナ、俺、そして左端にアルティの順で座る。

 ロゼッタが座って落ち着くのを待って、レジーナが言う。


「顔を見せるのは初めてだったな。おれがレジーナだ」

「は、はじめまして? でしょうか」

「挨拶の仕方など、おれは教えない。ゼノビアに聞け! おれは戦闘指導を行う」

「ありがとうございます」

「基本、学院の授業よりおれの指導を優先するように。単位は問題ない」

「了解しました」

「レジーナ、それだけではわかるまいよ」


 そう言って、言葉足らずのレジーナを、ゼノビアが補足してくれる。


 学院が認めた師による指導をもって単位に代えることができるシステムがあるのだ。

 基本的に救世機関の中堅以上の者ならば、学院は師として認めるとのことだ。


 ゼノビアの説明が終わるころ、ミルトとディオンがお茶とお菓子を持ってきてくれた。

 どうやら、ミルトたちは隣の部屋にお茶を淹れに行ってきたらしい。

 お茶とお菓子を配ると、ミルトとディオンはレジーナの隣に腰を下ろした。


 レジーナはミルトたちにお礼を言ってから、お茶を飲む。


「うむ、うまい。ミルトもお茶を淹れるのがうまくなったな」

「いや、ディオンが手伝ってくれたからな」

「いえいえ、ミルトは本当に上達しました」


 ディオンはニコニコと笑っている。

 それをみて、レジーナもほほ笑んだ後、

「今後の訓練だが……」

 ロゼッタへの説明を続ける。


 ロゼッタは早朝にレジーナと訓練し、それから俺との訓練に合流することになった。

 つまり、アルティとティーナと同じだ。


「おれが不在の時はゼノビアか誰かに頼むことになる」

「はい」

「とりあえず、毎朝アルティとティーナと一緒に総長室に来い」

「はい」

「うむ。ところでウィルから独特な訓練法を教えてもらったとか?」

「はい、その通りです。お師さま」

「あれはよい。今後も続けるように」

「ありがとうございます」


 それからもレジーナのお話しは続く。

 レジーナの後ろ、ゼノビアの近くにはフィーとルーベウムがいる。

 レジーナの机周りに興味を持っているようだ。


「これなにかな? ルーちゃんわかる?」

「わかんない。引っ張ってみたらいいと思う。フィー引っ張って」


 そんなことを話しながら、色々いじろうとしていた。

 いたずらしようとするたびに、

「こら、勝手にいじるな」

 ゼノビアに止められている。


「えー」

「きゅるー」


 フィーもルーベウムも不満げではあるが、聞き分けはいいらしい。

 知能が高くとも、フィーもルーベウムも赤ちゃんだ。

 目を離さない方がいいだろう。


 俺は同じく赤ちゃんのシロを見た。

「めえ?」

 シロは相変わらずディオンの頭の上である。

 高いところに登っていたら機嫌よくしているので、シロは色々と手がかからない。

 フルフルはもっと手がかからない。


 レジーナのありがたいお話しは十五分程度で終わった。

 そして、疲労回復の必要を考えて、訓練は明日から実行するということになった。


 なので、俺たちは皆で退室しようと歩き出すと、

「あ、帰るの? フィーも帰る」

「ウィル、待って―」

 フィーとルーベウムが慌てた様子でふわふわ飛んでくる。

 フルフルは黙ってレジーナの頭の上から降りると俺の横に来た。


「置いてかないから安心して」

「うん」「きゅる」

「シロも帰るよ」

「めえめえ!」

 シロはまだディオンの頭の上に未練があるようだ。


「シロ、おいで」

「……めえ」

 名残惜しそうに、シロがディオンの頭上から降りてくる。


 それから俺は弟子たちに頭を下げた。

「それでは失礼いたします」

「うむ」


 総長室から退室してしばらくの間は、いつものようにみんな無言だ。

 だいぶ距離を歩いてから、アルティが言う。


「あの……。ウィル」

「どうしたの?」

「その子は?」

「ああ、フィーのこと?」

「はい」

「詳しくは後で話すけど、精霊の一種かな」

「よろしくー」


 フィーはパタパタ飛びながら、アルティたちに挨拶する。

 皆もそれぞれ挨拶を返していく。


「サリアを迎えに行って朝ご飯をみんなで食べようか」

「はい、そうしましょう」


 そして、俺はサリアを迎えに託児所に向かうことにした。

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