第40話 獣の眷族 その2

「ピギイイイイイイ」

 フルフルが叫びながら獣の眷族の六本足の切断面を体で覆う。

 すると再生が止まった。

 金色の煙をフルフルは吸収し、再生を阻害しているようだ。


「メエエエエエ!」

 子ヤギは鳴きながら、小さな角から魔力弾のようなものを出す。

 それが飛ぶ速度はあまり速くはない。獣の眷族の足が健在ならばあたらなかっただろう。

 だが、今は足は全て切断済み。

 全身を使って地面を跳ねるしか獣の眷族には避けるすべがない。

 子ヤギの攻撃は、容易く獣の眷族にあたる。


 あたった瞬間「バシュン!」という音が鳴り、獣の眷族の体、その肉が弾けてえぐれる。

 えぐれた部分から血と金色の煙が吹き出た。


 えぐれた部分は直径〇・一メートルほど。

 体高十メートルの獣の眷族にとって大したダメージではないのだろう。

 十秒足らずでえぐれた部分の再生は終わる。

 だが子ヤギは、魔力弾のようなものを高速で連射している。


「メエエエエエエエエエ! メエエエエエエエ!」

「GAAAAAAAAA」

 子ヤギの与えるダメージは、獣の眷族の再生スピードを上回る。

 獣の眷族は苦しそうに咆哮しながら、金色の魔力弾を口から放つ。

 だが俺の水球に遮られて効果はない。


 フルフルの浸食も再生速度を上回っている。

 アルティも手を緩めず斬撃を繰り出している。

 どれも致命傷には至らない攻撃だが、手数を増やすことで再生を上回っていく。


「その調子だ!」

「はい!」「ピギ!」「メエエエ!」


 特に子ヤギの攻撃は素晴らしい。

 遅いので、動きを封じた後でなければ使いにくいが、効果は絶大だ。


「GUAAAAAA」

 獣の眷族は大きく咆哮すると、あろうことか俺の水球を飲み込んだ。

 このままだと、じり貧だと考えて焦ったのだろう。


 最大の勝機だ。俺は獣の眷族の体内に入り込んだ水球を支配し続ける。

 御曹司たちと違い、獣の眷族は魔法抵抗が高い。

 俺の全力でも支配し続けるのは容易ではない。


「GAAA」


 頭を覆う水球が失われたことで、口から金色の魔力弾を放たれ始めた。


「ピギイイイ!」「メエエ!」

 至近距離にいたフルフルはまともに食らって、吹き飛ばされる。

 少し距離のあった子ヤギはかろうじて直撃を防いだが、左前足を負傷した。


 俺は水球を支配し続けることに魔力をつぎ込む。必然、防御がおろそかになる。

 金色の魔力弾を防ぐために、薄い障壁しか張らない。いや、張れないのだ。

 当然のように、障壁は簡単に砕け散る。即座に張りなおす。

 金色の魔力弾一つにつき障壁一枚消費する。

 障壁を使い捨てながら、俺は水球を動かして獣の体内を探っていった。


 その間も金色の魔力弾が俺を襲う。

 障壁は簡単に砕け、金色の魔力弾の破片が何度も体をかする。

 そのたびに激痛が走った。


「これで終わりだ!」

 獣の眷族、その魔力の核となるコア。

 生物で言うところの心臓近くまで、ついに水球が到達した。


 すかさず俺は土まみれの水球を爆発させた。

 水神の力。つまり浄化と癒しの力。土神の力。つまり植物など生物を育てる力。

 その神の力を帯びた水球だ。


 獣の眷族のコアを貫き、砕いた。


「GIAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 厄災の獣の眷族は断末魔の悲鳴を上げる。

 傷口から常に発せられていた金色の煙が消え去る。

 そして全身が灰のようなものへと変わっていく。


「倒せたのでしょうか……」


 アルティは警戒しながら剣を構えたままだ。


「ぴぎ……」「めぇ……」


 フルフルも子ヤギも巨大化を解除せず、身構えている。


「ああ、安心しろ。倒せたはずだ」


 転がっているのは三つに砕けたコアと灰。それ以外は何も残っていない。

 倒せたと思った瞬間、気が緩んだのだろう。

 一気に疲労が押し寄せてくる。


 だが、油断はできない。周囲に敵がいないか、魔法で探知する。

 いないことを確認すると、すぐに休みたくなるが、治療と解呪も大切だ。

 俺もアルティも、子ヤギもフルフルも獣の眷族の金色の魔力弾がかすっている。

 傷つき死に至る呪いを受けているのだ。


「とりあえず、治療と解呪だ」


 俺はまずアルティに治癒と解呪の魔法もかける。


「あ、ありがとうございます」

「あとで医務室にも行っておいた方がいい」


 治癒はともかく解呪は少し難しかった。疲れている身には少ししんどい。

 続けてフルフルと子ヤギにも治癒と解呪の魔法をかけておく。


「ぴぎ!」「めえ」

 フルフルと子ヤギは嬉しそうに鳴いた。

 そして、最後に自分に同様の魔法をかけて治療は終わる。


 無事治療を終えると、俺は地面に尻をつき、足を伸ばして座った。


「めちゃくちゃ疲れた」

「お疲れさまです。私も疲れました」

「アルティ、お疲れさま。フルフルと子ヤギもお疲れ」

「ぴぎぃ!」「めぇめぇ!」


 フルフルと子ヤギが元の大きさに戻って俺の足の上に乗って来た。

 とりあえず、撫でる。


「ああ、そうだ、コアと灰も回収しておこう」

「そうですね、それは私がやっておきます」

「ありがとう」


 アルティは獣の眷族の砕けたコアと灰を拾って鞄に入れる。

 灰は大量にあるのでその一部だ。

 残った灰はフルフルが再び巨大化して処理してくれた。働き者のスライムである。


 それが終わるとアルティと小さくなったフルフルは、俺の横に来て座る。

 フルフルは座るというか、俺の足の上にのってプルプルしているだけなのだが。


「強かったですね」

「ああ。人から魔人に。魔人から獣の眷族に二段階変化されるとは思わなかった」

「はい。私もこのケースは聞いたことありません」


 どうやら珍しいケースらしい。

 帰ったら、魔人について知られている知識を詰め込まなければなるまい。


 そんなことを考えていると、アルティは俺が作って与えた剣を差し出した。


「ウィル。素晴らしい剣でした。今までに使ったどの剣より使いやすかったです」

 激しい戦闘のあとだからか、アルティもいつもより饒舌だ。


「それなら良かった。その剣はそのまま持っていてくれ」

「よいのですか?」

「もちろんいい。だがその剣は急ごしらえだから耐久性がな。今度新しい剣を改めて作ろう」


 耐久性と言っても、折れやすいという意味ではない。

 時間的な劣化が早いという意味だ。腐食も早い。

 そういう耐久性を犠牲にして、鋭利さと折れにくさを高めたのだ。

 ひと月もたてば、今の性能の八割程度になってしまう。


「ありがとうございます。でもいいのですか?」

「もちろんだ。アルティが強くないと俺も困るからな」


 これからアルティと一緒に戦う機会も増えるのだろう。

 戦力は多い方がいい。


「それにしても眷族如きにこれだけ苦戦していたら、テイネブリス本体に勝つのは無理だな」

 本体と戦うまでにはこれまで以上に成長しなければならない。


 そう考えて俺は決意を新たにした。

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