第38話 厄災の獣

 煙を噴き出しながら、魔人の身体はドロドロの金色の物体へと溶けていく。


「なんだ、これは? アルティ、知ってるか?」

 俺も見たことのない現象だ。


「知らないですが、よくないものだと思います」

「だよな」


 さっきは観察することで魔人への変化を放置してしまった。

 今回は嫌な予感がする。黙って変化を見守らない方がいいだろう。


「溶けているのなら!」


 俺は氷結フリーズの魔法を撃ち込んだ。

 周囲の気温が一気に下がる。溶ける魔人の近くの地面が凍り付いて白くなる。

 だが、魔人は溶け続けている。


 ティーナは火球の魔法を放ち、ロゼッタは矢を射かける。

 どれも全く効果がない。


「何が効くのか試してみるか!」


 俺は多様な魔法を試しに撃つ。

 雷、風、重力魔法、光、闇、熱。どれも効かない。

 だが、水球を撃ち込むと、


「UAAAAA……」


 魔人が悲鳴のような声を上げた。

 癒しを司る水神の力が聞くのだろうか。浄化の方だろうか。


「ティーナ、水属性魔法が効く!」

「了解したわ!」


 俺とティーナで水魔法を連続で撃ち込んでいく。

 悲鳴を上げながら、ドロドロの魔人はほんの少しだけ小さくなる。

 元魔人の金色の物体が水魔法の当たった部分だけ少し黒くなる。


「効いてるな!」

「うん! 手応えがあるわね」


 だが、小さくなったのはほんの少しだ。溶けた魔人は急速に新たな形をとりはじめた。

 そして、ついに新たな姿へと変化する。


 金色の長い体毛。体高は十メートル。足は六本。尻尾は二本。

 爛々と輝く赤い目が三つあり、背には羽が四枚生えている。

 水魔法が当たったおかげか、ところどころ黒い斑点のようなものがあった。


 その姿を見て、俺は一瞬固まった。

「…………厄災の獣テイネブリス」


 いや、テイネブリスそのものではない。

 奴の尻尾は九本あったし、身体もこれよりもはるかに大きかった。

 小さくなった厄災の獣。恐らく眷族か何かだろう。


 前世で戦った厄災の獣は刻々と無効化する属性を変化させていた。

 眷族ならば、今回たまたま水属性が効いただけなのだろう。

 別の眷族にも水属性魔法が有効とは思わない方がいいかもしれない。



「ロゼッタ! ティーナ! 学院に走って総長ゼノビアに助けを求めろ!」

「ウィルさまはどうするの?」

「ここで食い止める!」

「あたしも……」「わ、わたくしも」

「足手まといだ! さっさと行ってくれ!」

「わかった」「了解したわ」


 俺が強く言うと、ロゼッタと、ティーナが振り返らずに走りはじめた。

 魔人との戦いをみて、俺がロゼッタたちより、ずっと強いと判断してくれていたのだろう。


 俺は通話の腕輪を起動して、ゼノビアに呼びかける。

 ロゼッタたちに「ゼノビアに助けを求めろ」と言ったのは、この場から逃がすためだ。

 ロゼッタやティーナのような性格のものは、役割なしにはなかなか逃げてくれないものだ。


「ゼノビア! 小型のテイネブリスみたいなのが出た! 場所は王都の南――」

『わかりました! それが厄災の獣の眷族、テイネブリスの尻尾です!』


 厄災の獣の眷族がいることは、事前に弟子たちから聞いていた。


『すぐに向かいます! 食い止めておいてください。ですが御身の安全を第一に!』

「もちろんだ」


 通話を終えて横を見ると、アルティは体勢を低くしながら、身構えていた。


「アルティ。時間を稼ごう」

「わかりました。全力を尽くします」


 アルティは力強く返事をするが、愛剣は先ほど折れている。

 さすがのアルティも、素手では戦力として心もとない。


 俺は大急ぎで、魔力で剣を錬成する。

 金属神と剣神は俺の師匠だ。剣ぐらい錬成できるのだ。


「これを使ってくれ」

「……これは?」

「急ごしらえだが、先ほどの剣よりいいだろう」

「ありがとうございます」


 アルティには、あとでしっかりした剣を作ってあげようと思う。


 その間、テイネブリスはグルグルと唸っていた。

 俺たちのことを警戒しているようだ。隙を見せれば襲い掛かってくるだろう。

 ロゼッタとティーナを追わなかったことから、俺たちに狙いを定めているのは間違いない。


「フルフル、子ヤギ。頼りにしている」

「ぴぎ」「めえ」

「さてさて。獣の尻尾。戦おうか」


 前世の頃ならまだしも、今の俺は成長途中の八歳児。

 手加減している余裕などあるわけがない。

 最初から倒すつもりで全力で戦って、なんとか時間稼ぎできるかどうかだ。


「アルティ、フルフル、子ヤギ、いざとなったら逃げよう」

 そう一言だけ明るく言って、俺は魔法の刃マジック・ブレードを連続で放つ。


「GUUUUU」

 うなりながら、厄災の獣の眷族は跳びはねてかわし、一気に俺目掛けて突っ込んできた。

 その動きは想定通り。

 走る獣の後ろ右脚を大地から生やした大きな腕で鷲掴みにして拘束する。

 大地の手ソイル・ハンドという土属性魔法。

 足を掴まれた獣の足が止まる。


 そこに俺はすかさず魔法の槍マジック・ランスを撃ち込んだ。

 獣の眷族の胴体に十本の魔法の槍が突き刺さる。


「GUAA!」


 吠えると同時に獣の眷族の体から黄金の煙が噴き出した。

 足をつかんだ大地の手も、刺さった槍も一瞬で砕け散る。

 そして、すぐに獣の眷族は、超高速で俺を目掛けて突進を再開した。

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