第37話 魔人化

 死霊術師ネクロマンサーによる操作でもこうは動かない。

 俺も初めて見る死体の動きだ。つい好奇心から眺めてしまった。

 未知のものを観察したがるのは、俺を含めた魔導師の悪い癖だ。


 動かない俺を無視して、

「はぁあああああ!」

 いつも無口なアルティが、気合の咆哮とともに跳ねている死体を一閃。

 剣は業物。速さも力も剣筋も申し分ない。威力は充分。金剛石でも切断できそうな一撃だ。


 ――パキンッ


 だが、砕けたのはアルティの剣の方だった。

 死体は全身をばねのようにして、跳ね続けている。

 その動きはどんどん大きくなり、同時に魔力も膨れ上がる。


 死体の背から羽が生え始め、頭からは大きな角が生え、手足は長く太くなっていく。

 首はどんどん太くなり、爪は大型魔獣のそれのように長く鋭くなっていく。

 皮膚は金属光沢をもち、鈍く光り始めた。


「いったい何が起きてるの!?」

 ロゼッタの悲鳴のような問いに、

「魔人化! 防がないといけません!」

 アルティが慌てた様子で叫びながら返しつつ、短剣を抜いて襲い掛かるも刃は通らなかった。


「これが魔人化ってやつか」

「ウィルさま、何を落ち着いているのよ!」


 ティーナも慌てた様子で火球を撃ち込む。だがまったくダメージを与えた様子はない。

 魔人化は死んでから起こるものだとは知らなかった。

 ミルトたちも教えてくれていればいいのに。


 そんなことを考えていると、魔人と化した元魔導師がゆっくりと起き上がる。

 死ぬ前より身長は二倍近く伸びていた。


「お前らには感謝せねばならぬな。殺してくれたおかげで生まれ変わることが出来たのだから」

「いや、礼には及ばないさ。逆にお礼を言いたいぐらいだ」

「何を言っている?」

「俺はまだ魔人化したばかりの奴と戦ったことがないんだ。勉強させてもらおう」

「いくらでも勉強すればいい。もっとも、すぐに殺されるのだから無駄になるがな」


 いくら魔人について情報を集めようが、俺たちを皆殺しにするから関係ない。

 そう言いたいのだろう。


 俺は前世で普通の魔人となら戦ったことはある。

 だが、人間から変化したばかりの魔人とは戦ったことがない。


「うん。そうするよ。せいぜい死ぬまでに色々教えてくれ」


 そう言って俺は笑っておく。

 もちろん、俺が死ぬまでではなく、魔人が死ぬまでにだ。

 その含意を魔人は正確に読み取ったらしい。顔がゆがむ。


「……身の程を知らないようだな」

「一つ聞きたいんだけど、お前は仲間の魔人の中でも強い方なのか?」

「それを聞いてどうする?」

「お前らの強さの平均がどのくらいか知りたくてさ」

「すぐに死ぬお前には関係ないことだ」

「まあなりたての魔人なわけだし、雑魚と考えた方がいいかな」

「……我を愚弄したこと後悔させてやろう」


 怒っているからか、魔人は俺を目掛けて突っ込んできた。アルティより速い。

 魔人が振るった爪をかわすと同時に、こめかみ目掛けて右足で蹴りを繰り出す。

 俺の蹴りは狙い通り魔人のこめかみをまともにとらえた。


 ――ガィン……

 感触が生物を殴ったそれではない。まるで金属の塊を蹴り飛ばしたようだ。

 直撃したのに、魔人はびくともしない。

 魔法で強化していなければ、俺の足の方が折れていただろう。


「大言を吐いておいて、まさかそれが全力か?」

「まさかまさか」


 俺がにこりと笑うと、魔人は俺の右足を左手でつかむ。

 握力が尋常ではない。石ですら軽く砕くほどの握力だ。


「強化魔法か。ガキのくせに小細工がうまい」

「お褒めいただき光栄の至り」


 俺がにこりと笑うと、魔人は俺の右足を握ったまま、俺を振り回す。


「さっさとひき肉になって、脳漿をぶちまけて死ぬがいい!」


 魔人が連続で俺を地面に叩きつける。一回、二回、三回、四回。

 アルティもロゼッタもティーナも俺を助けようと動き出す。

 フルフルと子ヤギもこっちに向かって走っている。

 心配させてしまったようだ。


 だが、俺は出来れば一人で魔人を倒したい。

 五回目に魔人が俺を地面に叩きつけようと振りかぶったとき。


「おっ?」

 魔人は、血が噴き出ているひじの先、消えた自分の左腕を見つめて唖然とした。


「ふむふむ。変化したてでも、なかなか力が強いんだな。皮膚も硬い」

 俺は魔人の肩の上にのり、魔法で切断した魔人の左腕を放り投げる。


「な、何をした!」

「今から死ぬお前が知っても仕方ないだろ」

 魔力で強化した足で蹴っても効かないが魔法の刃マジック・ブレードは効くようだ。

 魔法の刃で魔人の左腕を斬り落とし、そのまま魔人の肩の上に乗ったのだ。


「舐めやがって!」


 魔人の全身が黒い炎に包まれる。魔人が信奉する魔王「厄災の獣」の系列の魔法だ。


 俺は急いで肩から飛び降りて距離をとる。少し服が焦げた。

 俺の体勢が整う前に魔人は黒い火球を撃ち込んでくる。 


 魔人は魔法も得意らしい。やはり強敵だ。

 黒い火球の威力はとても高い。俺がかわした後、地面にあたって土を溶かす。

 あまり放置するわけにもいかない。地形が変わってしまう。


 俺は黒い火球をかわすと同時に、黒い火球によってできた死角を利用する。

 八歳の小さな身体が役に立つ。一気に魔人との間合いを詰めた。


 突然眼前に現れた俺を見て、

「きさ……」

 驚愕に目を見開いた魔人の首を魔法の刃で斬り落とした。

 その瞬間、首から血の代わりに金色こんじきの煙が噴き出した。

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