第36話 襲撃

 突如、先頭を歩くロゼッタの右側から、黒装束の人影が高速で突っ込んできた。

 覆面で顔を隠し、その手には黒い刃の短剣が握られていた。

 その覆面はティーナと出会った時に戦った相手と同じだ。

 テイネブリス教団だろう。


「えっ?」

 王都までの道のりの半ばまで来たということで気が緩んでいたのだろう。

 ロゼッタの反応が遅れる。

 だが、ロゼッタの後ろにいたアルティが一足とびで前に出ると人影に向けて剣を振りぬいた。

 常人であればかわせぬ速さ。だが人影は体勢を崩しながらもかわす。

 体勢を崩した人影に追撃しようとするアルティの真横から投げナイフが襲い掛かる。

 難なくアルティは剣でナイフをはじくが、そのころには体勢を崩した人影は逃げている。

 見事な連携だ。


「え、一体なにがおこったの?」


 ティーナが驚き動きが止まる。そこに別の人影がとびかかる。

 武器も格好もロゼッタを襲ったものと全く同じだ。


 俺はかばうように人影とティーナの間に割って入り、短剣を持つ手を蹴り上げる。


 怯んだ人影を、俺が追撃しようとしかけたとき、

 ――ゴオオオオオォ


 真後ろから巨大な火球ファイアー・ボール

 火の色は白。直径は三メートルほどだ。

 俺は追撃をやめて、味方を守るための障壁を張った。

 障壁は火球の熱が内側に入るのを完全に防いだ。

 障壁の外側では、土が熱で溶けてマグマのようになっている。

 火球の威力がわかるというものだ。障壁で防ぐかかわさなければ無事ではすむまい。


 周囲を見回すが、魔法を放った魔導師の姿は見えなかった。

 姿隠しの魔法を使いながら、特大の火球を放ったということだろう。

 かなり高位の魔導師と判断できる。


「かなり威力の高い火球だが、攻撃魔法からの防御は任せろ!」


 俺は大きな声でアルティたちに呼びかけた。


 先に短剣で襲ってきた者たちはただの囮。火球が本命だ。かなり準備が周到だ。

 俺たちが学院を出たのを確認してから今まで人を集めて準備していたに違いない。


 こういう場合、敵の魔導師から倒した方がいいだろう。


 敵の覆面戦士の戦術は一撃離脱。巧みに連携して翻弄してくる。

 かなりの手練れ。さすがのアルティも仕留めきれていない。

 戦闘が苦手と言っていたロゼッタもいい動きを見せている。

 短剣を抜いて敵の斬撃を防ぎ、素早く飛び跳ね斬撃をかわす。

 距離がひらけば弓を放つ。熟練の動きだ。


 だが、じり貧だ。

 最初二人だった敵の覆面戦士も、今では八人に増えている。


 手助けしようにも、俺にも覆面男が攻撃してくる。

 蹴りを繰り出すと、素早く後方に飛んで距離を取られる。

 さらに追撃しようとすると、別の覆面男が後方からティーナを狙う。


 ティーナは多様な攻撃魔法を使って覆面たちを攻撃するが致命傷を与えられていない。

 かなり面倒な相手だ。集団による暗殺に特化している。


「まずいよ!」

「安心しろ。問題はない」


 ロゼッタの悲鳴のような声に、俺が叫んで返事をした瞬間。

 暴風嵐テンペストの魔法が撃ち込まれた。


 まともに食らえば立っていることは出来ないほどの暴風だ。

 その上暴風の中では魔力の刃が乱舞している。巻き込まれたら細切れになる。


 障壁で防ぐことも出来るが、とても大きな、かつ全方位への障壁が必要になる。

 とても面倒だ。


 俺は右手を勢いよく振るい、敵よりも威力の高い暴風嵐を周囲に向けて放つ。

 敵の暴風嵐を打ち消して、敵を巻き込み斬り刻んでいく。


「があああ」


 姿を消していた魔導師も例外ではない。

 俺の暴風嵐に巻き込まれて血みどろになって、姿が露見する。


 魔法による反撃を開始したからには、素早く全員を仕留めなければならない。

 逃げられて敵に情報を持ち帰られたら面倒だ。


 魔法を使って周囲に隠れている者たちを探す。

 さらに十人ほど身を潜めていた。全員逃がさない。

 魔力弾マジック・バレットを撃ち込んでいく。


「ぎゃあああ」


 周囲にいる敵は、身を潜めていたものも含めて全員仕留めた。

 と思った瞬間、倒れていた魔導師が起き上がると同時に突っ込んでくる。

 死んだふりをしていたらしい。


「ピギィィィイイイ!」

 フルフルが俺の肩からぴょんと降りると、魔導師の足元に襲い掛かる。

 魔導師はフルフルに足をからめとられて前のめりに転倒しかけた。

 そこに、子ヤギが突進する。

「メエエエエエエエエエ!」


 魔導師は足を固定された状態だ。そこに子ヤギが強烈な頭突きを腹に食らわせた。

 衝撃を後ろに跳んで逃がすことが出来ない。

 ゴギゴギッという骨の砕ける音が響き仰向けに倒れた。

 魔導師は口から血が噴き出している。


「フルフル。子ヤギ。助かった」

「ぴぎ」「めえ」


 フルフルも子ヤギも嬉しそうだ。

 俺は魔導師に近づく。もう死んでいるのは確実だ。

 だが、何らかの手掛かりを持っているかもしれない。

 一応周囲をもう一度魔法で調べる。敵の生存者はいない。

 尋問できるよう、一人か二人、残しておくべきだった。


「すまないが、この魔導師以外を一か所に固めておいてほしい」

「わかったよ!」「はい」「わかったわ」


 ロゼッタ、アルティ、ティーナがテキパキと動き始めた。

 子ヤギとフルフルは興味深そうに俺について来る。


 俺は魔導師の覆面をとる。顔は吐血した血にまみれていた。

 魔法で調べて死んでいることはわかっているが、いつもの癖で首で脈をとる。

 脈拍は完全にない。心臓も呼吸も完全に止まっている。

 ポケットの中や、所持している武器などを調べていく。


「何も持ってないな……」

 武器も平凡な店売りに毒を塗ったもの。毒も店で売っている殺鼠剤などを加工しただけ。

 ほかの所持品にも何か特別なものは何もない。

 覆面すら店売りのただの黒い布を加工しただけだ。手がかりを残さないことを徹底している。


「アルティ。こういう場合、死体の処理はどうするんだ?」

 こういう場合とはテイネブリス教団との戦闘後の場合のことだ。


「手掛かりになりそうなものがないなら、燃やしてよいです」


 あきらめて死体を焼こうとしたとき、魔導師の死体がビクンビクンと大きく跳ね始めた。

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