第35話 神獣の子ヤギ

 俺は楽しそうに優しく頭突きしてくる子ヤギを撫でまくる。


「お前、痩せているな」

「めぇ」

「なるほど? 羊たちに餌を運ぶのが忙しくて、草をあまり食べられなかったのか」

「めえ」


 周囲には魔狼がうろついていたから、洞窟から羊たちを出すことは難しい。

 なので、子ヤギがせっせと草を口で集めて羊たちのもとに運んでいたらしい。

 かなりの重労働だ。自分の食べる量が足りなくて痩せるのも当然だ。


 羊を撫でていたロゼッタが言う。

「羊たちも痩せているけど……。子ヤギちゃんほどじゃないね。子ヤギちゃんありがとう」

「めぇ」

「お前はとても感心な子ヤギだなー」

「めえめえええ! めえええめえええ!」


 森で暮らしていた子ヤギは、魔狼に追われている羊に気が付いた。

 それで魔狼たちから羊を守りながら、洞窟まで逃げ込んだのだ。

 その後は羊たちに餌を運びつつ、毎日襲ってくる魔狼たちを追い返し続けたようだ。

 まだ子供で小さいのに、とても偉い。


 羊たちの周囲を四人で囲み、村に向かって歩いていく。

 先頭をロゼッタ。左右をアルティとティーナ。最後尾が俺と子ヤギで固めて歩く。

 羊たちがバラバラになりかけると、子ヤギが「めえ」と鳴くと、またまとまる。

 子ヤギは羊を統率するのが得意らしい。


 しばらく進むと、

「AOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO」

 魔狼の遠吠えが聞こえた。一回聞こえると、次々に遠吠えが連鎖していく。

 羊たちが洞窟を出たことに気が付いたのだろう。


 それを聞いて羊たちは怯えはじめた。ロゼッタが言う。

「少し小走りになるよ。ついて来るのがしんどくなったら言ってね」

「了解したわ」「わかりました」

 ティーナとアルティが返事をする。

 ロゼッタが前を向いているので、アルティもちゃんと言葉で返事をした。


「後ろは任せてくれ」「めえ!」「ぴぎっ」

 獣たちも張り切っている。


 さらにしばらく走ると、

「GAAAA」

 羊の群れの右後方から魔狼が襲い掛かる。


「メエッ!」

「KYAUN!」

 子ヤギが魔狼に頭突きした。

 子ヤギより何倍も体の大きな魔狼が吹っ飛ばされて数メートル転がった。

 その威力を見ると、先ほどのロゼッタへの頭突きは手加減していたことがよくわかる。

 体重差を考えるとあり得ない。恐らく神獣の能力だ。


 転がった魔狼にティーナが火球ファイアー・ボールを撃ち込む。

 怯え、疲労している羊たちを見て、ロゼッタは足を止める。


「ここで倒しきるよ!」


 俺たちが足止めたのを見て、魔狼たちは連携して襲い掛かってくる。


 アルティはさすがだ。魔狼を一振りで鮮やかに倒していく。

 ロゼッタはまだ遠い距離にいる魔狼に矢を放って命中させていく。

 ティーナは魔法を放ちつつ、近寄った魔狼には杖で応戦する。

 子ヤギは周囲を駆け回り魔狼に頭突きを食らわせていく。

 フルフルは大きくなって魔狼を飲み込んで一気に消化する。

 糞と一緒に毛皮や爪、牙、魔石など価値のあるものが未消化で排出されるのがすごい。

 俺はというと、近くに寄った魔狼をこぶしで殴り倒し、遠くの魔狼は魔力弾マジック・バレットで倒していった。


 みんなの活躍もあり、あっという間に魔狼退治は終わった。


「ぴぎ?」

「うん。フルフル頼む」

「ぴぎぃ!」


 巨大なままフルフルは魔狼をどんどん包み込み消化していく。

 あっという間に消化し終わり、魔石や毛皮など価値ある素材が糞と一緒に排出される。

 処理し終わると、フルフルは小さな姿に戻って俺の肩に飛び乗った。


「フルフルは、死骸処理名人だね」

「フルフル、助かった」

「ぴぎ!」

 フルフルは誇らしげにプルプルした。



 その後、戦利品を鞄に詰め込んでから村へと急いだ。

 羊を引き連れて村に到着すると、村人たちは大喜びした。

 喜んでもらえると、やはりうれしい。


 ロゼッタが俺の方を見て尋ねる。

「子ヤギちゃんはどうするの?」

「村で引き取りましょうか?」

 村長もそんなことを言う。


「メェ!」


 子ヤギは強く鳴くと、俺の後ろにさっと隠れる。

 そして、俺の股の間から、ロゼッタや村人たちをじっと見る。

 子ヤギは俺と一緒に行くと強く言っているのだ。


「俺に懐いてくれたみたいだし連れて帰りたいのだけど」

「それがいいわ! 子ヤギちゃんは魔狼を撃退できたのだし、きっと魔獣よ!」

 ティーナがそういうと、村長はうんうんと頷いた。


「なるほど……。魔獣のヤギさんなら、お任せした方がいいかもしれませんね」


 そうして子ヤギは俺が任されることになった。


 村人たちはお礼のために歓待したいと言ってくれた。

 だが、サリアとローズ、ルンルンが待っている。

 俺たちは丁重に遠慮して、勇者の学院へと戻ることにした。

 せめてものお礼ということで、村人たちからお土産にお菓子などをいただく。


 帰り道、ロゼッタが言う。

「本当にありがとうね。すごく助かったよ。困ったことがあったら何でも言ってね」

「気にしないでよいわ! わたくしも楽しかったし! それに友達だもの」

「気にしなくていいです」

「俺も子ヤギと出会えてよかった。これからよろしくな」

「めえ」「ぴぎっ」


 子ヤギとフルフルは元気に鳴いていた。

 学院への帰り道は、談笑しながら村でもらったお菓子を食べつつ歩く。


 異変が起こったのは、楽しく話しながら王都まで徒歩一時間の距離まで歩いて来たときだ。

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