第34話 羊のゆくえ

 ロゼッタの足取りはゆっくりだが迷いがない。

 魔熊の足跡はほとんど消えかかっている。だが、ロゼッタには確信があるのだろう。

 狩猟神の寵愛を受けていることによって能力、またはスキルに恩恵があるのかもしれない。


「ん? みんな、これを見て。狼、それも魔狼まろうの足跡だよ」

「…………俺には全く判別できない」

「わたくしにも判別できないわ」

 そして、アルティは無言でうんうんと頷いていた。

 注意深く観察したら、地面がかすかにへこんでいるかもしれないと気付ける程度だ。


「狩人じゃない人にはわかりにくいかもだけど、これは魔狼の足跡なんだよ」

「つまり、魔狼が羊を魔熊から奪ったのか?」

「かもしれない。群れなら、魔狼は魔熊と渡り合えるから」


 ロゼッタは今度は魔狼の足跡を追跡していく。

 しばらく進んで、ロゼッタは足を止めた。


「おかしい。羊の足跡が消えないんだ」

「ふむ? 詳しく説明してくれ」

「羊飼いからはぐれた羊たちは熊から逃げていたはずだよね」


 羊飼いと牧羊犬に守られた四十頭より、はぐれた十頭の方が狩りやすい。

 だから魔熊は十頭の方を追ったのだ。

 その後、途中で魔熊と魔狼の群れが争い魔狼が勝った。

 今度は魔狼が羊を襲うだろう。


「魔狼の群れからしてみれば、保護者のいない羊なんて簡単に狩れるはずなんだ」

 俺は羊に関して詳しくないが、魔狼との戦闘経験はそれなりにある。

 非常に素早く強力な魔物だ。ロゼッタの言うとおり羊の群れなどひとたまりもないだろう。 


「羊たちの足跡は狼に追われているにしては整然と言っていいぐらいだよ」

「十頭が一丸となって逃げているということだな?」

「そういうこと……。ちょっとまって、違うかも」

「ん?」

「……十一頭いる」

「数え間違えじゃなくて?」

「何度も確認したから。間違えじゃないよ」


 魔狼に追われている間に羊が増えるわけはない。

 羊が増えると考えるよりは、羊飼いが数え間違えたと考えた方が現実的だ。

 とはいえ、専門家である羊飼いが数え間違えるとも考えにくいのだが。


 さらに進むと大きな洞窟が見えた。魔熊の巣よりも入り口が大きい。


「あの中に羊の足跡は続いているみたい」

「魔狼の足跡は?」

「羊を狩ろうとはしているけど、うまくいってないみたい」


 何が起こっているのか理解に苦しむ。

 それは狩人のロゼッタも同じらしい。明らかに困惑している。


「んー? ロゼッタ。羊たちは狼に食べられずに洞窟の中に逃げ込んだってこと?」

「そうなんだ、ティーナ。信じられないかもだけどそうとしか思えないんだ」

「わたくしはロゼッタを信じるわ。友達だものね!」

「私も信じています」

「ティーナ、アルティ。ありがとう!」


 ロゼッタは信じると言われて、とても嬉しそうだ。


「あたしが先行して、洞窟の入り口まで行って調べてくるよ。本当に羊がいるのか気になるし」

「ああ、気を付けてくれ」


 慎重にロゼッタは洞窟に近づいていく。

 洞窟までの距離が一メートルぐらいになったとき、洞窟から白い影が飛び出してきた。


「うわっ」

 ロゼッタは素早い身のこなしで後ろに飛ぶ。だが白い影の方が速い。

 ロゼッタはそのまま三メートルぐらい吹き飛ばされた。


「痛てててて」

 きちんと受け身をとっていたようで、大した傷ではないらしい。


「めぇぇぇぇええええ!」

 白い影は倒れたロゼッタを前にして、力強く鳴いた。

 俺には「ここに近づくな!」と言っているのだろうとなんとなくわかった。


「羊かしら?」

「いや、ヤギだな」


 体高は〇・五メートルぐらい。額の角も小さい。外見はただの白い子ヤギだ。

 だが、動きが尋常ではなかった。

 ロゼッタの身のこなしは相当なものだったのに、難なく頭突きを当てて見せたのだ。

 ただの子ヤギではないのは明白だ。


「あたしとしたことが、羊とヤギの足跡を見間違えるなんて……」


 ロゼッタはショックを受けているようだ。

 だが、羊もヤギも蹄の跡は二つ。俺程度なら、改めてみても違いがよくわからないほどだ。


「消えかかった足跡を見間違えても仕方ないだろう。羊とヤギの足跡はよく似ているし」

「わたくしには改めて見ても、どこが違うのかまったくわからないわ」

 ティーナがそう言って、アルティは無言でうんうんと頷いていた。


 俺は子ヤギに尋ねる。 


「……お前が魔狼たちから羊たちを守っていたのか?」

「めえ」

 子ヤギが言うにはどうやらそうらしい。


「そんな話きいたことないよ」


 ロゼッタは困惑している。

 俺は子ヤギに向けて優しく語り掛けた。


「俺たちは羊たちが住んでいた村から依頼されて狼や熊を退治しに来たんだ」

「めぇ?」

 ヤギはどうやら、「敵じゃないの?」と聞いているようだった。


「敵じゃない。熊は倒した。羊も生きているなら全員生きたまま村に連れ帰りたい」

「めえ」


 どうやらわかってくれたようだ。子ヤギは洞窟の奥へと入っていった。

 そして十頭の羊を引き連れて戻ってくる。


「わっ、ほんとに十頭、ちゃんと全部生きてる!」


 ロゼッタは感動している。

 貧しい村の、もう失われたと思われていた貴重な財産を無事に取り戻せたのだ。

 きっと村人たちも喜んでくれるだろう。


「羊を守りながら戦うのは大変だし、狼退治の前に羊を村に戻したいんだけど、いいかな?」

「わたくしはロゼッタの作戦でよいと思うわ!」

 ティーナは嬉しそうに羊たちを撫でまわしながらロゼッタに賛同する。

 アルティも羊たちを撫でまわしながら、うんうんと無言でうなずいていた。


 一方、子ヤギは、俺の太もも辺りに、軽く額をトントンと押し付けてくる。

 尻尾がものすごい勢いでブンブンと振られているので、機嫌はよいらしい。

 俺は子ヤギを撫でる。


「お前、もしかして神獣か?」

「めぇ?」


 子ヤギは「それなあに?」と聞いている気がした。

 鳴き声を聞いただけで何を言いたいのかわかるのはルンルンやフルフルと同じだ。

 恐らく神獣に違いない。思わぬところで神獣と出会えた。

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