第30話 託児所とロゼッタの誘い

 入学式の日に新入生同士の顔合わせも無事済んだ。

 授業が始まる一週間後までは、自由な時間だ。

 一週間で授業計画表シラバスを読み込んで、どの授業を受けるか決めろということだろう。


 一方、託児所での授業は、俺たちの授業に先立ち入学式の次の日、つまり今日から開始される。

 勇者の学院の託児所は、学校の要素が大きいのだ。


 当然、サリアはそっちへ行く。


 サリアを送った後は、ルンルン、フルフルと遊ぶ日々を過ごそうと考えていた。

 遊びながらでも訓練できるし、合間にアルティと実戦訓練すればいい。


 そう思っていたのだが……


「ウィルくーん。いるかーい」

 入学式の次の日の朝。サリアの歯を磨いてあげていると、部屋の外から呼びかけられた。

 ロゼッタの声だ。


「今、手が離せない。扉をあけてもらうから、勝手に入ってきてくれ。ルンルン頼む」

「わふ」


 ルンルンが扉の方に行って、前足で器用に鍵を開け、口でノブを引っ張って扉を開けた。


「ルンルンちゃん、すごいね。自分で扉開けられるんだ」


 ロゼッタは心底感心しているようだった。

 ルンルンを褒められると嬉しくなる。


「そうだろう。ルンルンは賢いんだ」


「ほふぁふぉー(おはよー)」

「サリア、挨拶できて偉いな。だが、歯を磨き終わってからでいいよ」

「ふぁい!」


 サリアは今日も元気だ。


「サリアちゃん。おはようだよ」

「わたわたしていて、すまないな」

「今日から託児所の授業開始だもんね。こっちこそ朝の忙しい時間にごめんね?」

「構わないが、何か用か?」

「魔物狩りに行きたいのだけど、一緒にどうかなと思って」

「ふむ? 魔物狩りか。なんの魔物だ? ……よし、サリア、きれいになった」

 サリアの歯磨きを終えて、口をゆすがせた。


「ありがとー。ろぜったねえちゃん、おはよう!」

「サリアちゃん、おはよう」

「ろーずねえちゃんは?」


 ローズはロゼッタの五歳の妹だ。

 サリアは昨日の入学式の家族席で、ローズに遊んでもらっていたらしい。

 昨夜、寝る前にサリアが嬉しそうに教えてくれた。


「ローズは、もう託児所だよ」


 ロゼッタとローズが特別早いわけではない。俺の準備が遅かったのだ。

 明日からは、もう少し早起きしなくてはなるまい。


「あにちゃ、さりあもたくじしょにいく!」

「持ち物確認するから、少し待ってくれな」

「あい!」


 急ぎ気味で準備を終えると、部屋を出る。

 サリアにローズという友達ができたのはいいことだ。

 兄として純粋に嬉しい。


 託児所に向かう途中、俺はロゼッタに尋ねる。


「で、魔物ってなんだ?」

「大きな魔獣の熊、魔熊まくまだよ。かなり大きな個体なんだ。その近くに村があって……」


 その村というのがロゼッタの故郷らしい。

 冒険者ギルドに依頼は出しているが、中々引き受けてくれるパーティーがないとのことだ。


「羊にも被害が出たとかで……」

「なるほどな。ちなみにロゼッタは何が得意なんだ?」

「あたしの守護神は狩猟神さまだからね。偵察、情報収集とかは得意なんだけど……」

「戦闘自体はさほどってことか?」

「そうなんだ」


 ロゼッタの獣耳がしゅんとした。戦闘力のなさがコンプレックスなのかもしれない。

 そんなことを話している間に託児所に到着する。


「サリア。勉強頑張ってな」

「あい!」


 サリアは本家にいたころから、俺がこき使われている間、家臣たちに預かってもらっていた。

 だから、俺から離れるのは慣れたものだ。特に寂しがることもない。


「さりあちゃーん」

「あ、ろーずねえちゃん!」


 ロゼッタの妹、ローズが尻尾を振りながら駆け寄ってきてくれる。

 サリアがパタパタかけて行く。俺はそれを見ながらルンルンの頭を撫でる。


「ルンルン、サリアを頼むな」

「わう!」


 ルンルンは任せろと言っている。尻尾をゆっくり振ると、サリアの後を追って行った。

 神獣でかなり強いルンルンが、サリアについていてくれたら安心できる。


「あにちゃ、またね!」

「おねえちゃん、また後でね!」


 サリアとローズに手を振り返しつつ、俺とロゼッタは託児所を後にした。


「託児所の授業ってどんなことをするんだろうか」

「よくわかんないけど、あたしが聞いた話だと専門家がしっかり教えてくれるらしいよ」


 生徒が卒業するまで最短で四年。託児所にいる期間も最短で四年だ。


「四年後には大体立派な学校に入学できるぐらいにはなってるみたい」

「それは心強いな」

「ほんとだよ」


 ロゼッタは少し遠い目をしてほほ笑んでいる。ゆっくり尻尾が揺れていた。

 ローズのことを考えているに違いない。


「小さい子同士、仲良くしてくれたらうれしいな」

「ああ、俺もそう思う」


 そんなことを話しながら、俺とロゼッタは正門へと向かう。

 途中でアルティとティーナに出会った。

 二人とも、早朝にゼノビアから訓練を受けているらしい。

 アルティと違って、ティーナの師匠はゼノビアではなくディオンだ。

 だが、ディオンが遠方にいる間はゼノビアが面倒を見ているらしい。


 俺を見つけたアルティが急いで駆けてくる。

「ウィル。おはようございます。どこかに行くのですか?」

「おはよう。ロゼッタと一緒に魔熊退治だ」

「……ご一緒しても?」「わたくしも行きたいわ!」

 アルティとティーナがほぼ同時に言う。


「ロゼッタ、構わないか? アルティは優秀な剣士で、ティーナは優秀な治癒術師だ」

「もちろんだよ! 二人が一緒に来てくれるなら心強いよ!」


 そうして即席の四人パーティーができたのだった。

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