第31話 お出かけ

 魔熊まくまぐらい楽勝だ。そう俺は考えていたが、意外にも障害はその前にあった。

 勇者の学院。その正門の門番で止められたのだ。


「え? 魔熊退治ですか?」

「そうです! あたしの故郷が被害に遭っているから助けに行くんだ!」


 ロゼッタが元気に返事をすると、門番は困ったような表情を浮かべる。


「もしかして、生徒の冒険者行為は禁止ですか?」

「許可のない冒険者行為は禁止です」

「えー!? ただの魔熊だよ?」


 ロゼッタは困惑しているが、俺には許可のない冒険者行為禁止の理由が推測できる。

 学院側が警戒しているのは魔熊ではなく、テイネブリス教団だろう。


 先日、ティーナがさらわれかけたばかりだ。

 それに俺たちは生徒になったといっても、まだ一度も授業を受けていない。

 力のない新入生が、教団側に害されては困るということだろう。


 そのことに思い至らなかったロゼッタ以外の我々が間抜けだった。

 ロゼッタは教団の存在も知らなければ、誘拐未遂事件のことも知らないので仕方がない。


「王都の内側へ出かけるだけならば許可は必要ないのですが……。王都の外となると……」

「では、許可を取ってきます」

「あっ」


 そう言ったのはアルティだ。ロゼッタが止める間もなく駆けだした。

 ロゼッタはアルティの背を見送りながら、しょんぼりして言う。


「やっぱり新入生だと難しいのかなぁ」

「まあ、そうかもな」

「自分たちで出来ないとなると、どうやって魔熊退治すればいいかなぁ……」

「わたくしの知り合いに頼んでみる?」


 ティーナの知り合いというのは、恐らく護衛の者たちだろう。

彼らなら、魔熊ぐらい簡単に討伐するに違いない。

 頼めばやってくれるかもしれないが、彼ら本来の職務ではない。

 できれば避けたい。


 そんなことを話している間に、アルティが戻って来た。

 駆け出してから五分も経っていない。


「許可証をもらって来ました」

「確かに。問題ありません」


 門番はアルティの持ってきた書類を一目見て、あっさりと認めた。

 恐らくだが、ゼノビアから直接許可をもらったのだろう。

 ゼノビアは俺とアルティの力量を知っているので外出許可ぐらいくれる。


 まさかこんなに早く許可が下りると思っていなかったロゼッタは凄く驚いた。


「は、早いな!」

「先生に頼んだら許可をくれました」

「そっかー。結構簡単なんだな―」


 ロゼッタは先生という言葉を総長先生のことだとは思っていないに違いない。

 ゼノビアに頼んだから、特別早かっただけだ。普通なら簡単には許可は下りないだろう。



 それから俺たちはロゼッタの故郷の村へと向かって歩き始めた。


 ロゼッタが申し訳なさそうに言う。

「依頼料はすぐには払えないけど……。お給金が支給されたらすぐ払うね」

 勇者の学院の生徒には毎月決まった額のお金が支給されるのだ。


「いや、依頼料はいい。友達だし。それに訓練の一環だ」

「わたくしもお金は必要ないわ! 友達だから!」

「私も必要ありません」


 一方、みんなに報酬を断られて、ロゼッタが困ったようだった。

「そういうわけにはいかないよ」

「なら今度、俺がなにか困ったら頼む」

「そうね。助け合いよ。わたくしが困ったときはお願いするわ」

 アルティは無言で、うんうんとうなずいていた。


「みんな……ありがとう」

 ロゼッタは感動しているようだった。



 その後は楽しくお話しながら歩いて行った。

 みんな楽しそうだが、とくにティーナがはしゃいでいる。


「ハイキングみたいで楽しいわね!」

「そうだな」

「お友達とハイキングって、いいわね」

「そうだな」

「ウィルさま。今日はルンルンちゃんは一緒じゃないの?」

「ルンルンはサリアと一緒だ」

「そうなのね。残念だわ」

「サリアはまだ小さいから、一人にするのが少し不安なんだ」


 先頭を歩いていたロゼッタが歩きながらこちらを振り向いた。


「ルンルンちゃんは賢いし、魔熊退治に協力してくれたら心強かったけど仕方ないね」

「私とウィルが居れば、大丈夫です」


 アルティは力強く胸を張った。

 毎日一緒に訓練しているおかげで、俺はアルティの実力は知っている。

 アルティは一人でも魔熊を退治できるだろう。

 だが、ティーナとロゼッタのできることはまだ把握できていない。

 だから聞いてみる。


「ロゼッタの守護神は狩猟神だったな?」

「そうだよー。弓が得意だし、魔物の痕跡を追ったりするのも得意だよ!」

「それは心強い」

 パーティーに一人は絶対いて欲しい人員だ。


「ルンルンが居ないなら、魔物の居場所を見つけるのはあたしの役目だね!」


 俺はティーナにも尋ねる。

「ティーナは治癒術師ってことは、守護神は水神なのか?」


 治癒魔法は水神が得意とする魔法だ。

 ティーナの師匠、ディオン・エデル・アクアも水神の愛し子だった。


「そうよ。ウィルさま。水神さまなの。あと魔神さまと炎神さまと雷神さま、それに……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、そんなにいるのか?」

「うん。一番寵愛値が高いのは水神さまね」


 ティーナは水神、魔神、炎神、雷神、氷神、土神、風神の七柱の守護神がいるらしい。

 治癒魔法だけでなく、全属性魔法を高水準で使えそうだ。

 つまり賢者候補というわけだ。

 ディオンが弟子にするわけだ。ミルトが先に見つけていたらミルトが弟子にしたのだろう。

 テイネブリス教団に狙われるのも納得だ。


「……すごいね」

 ロゼッタが心底驚いていた。


 治癒術師と魔導師が居ればパーティーはとても安定する。

 即席の割にバランスのいいパーティーになったと思う。


 会話をしながら歩いているうちに、ロゼッタの故郷の村に到着する。

 王都から徒歩で二時間程度離れていた。

 比較的、王都に近いが大きな街道からは距離がある。

 近くには山があり、鬱蒼と茂った森に囲まれていた。


「すごい田舎でしょ? 牧羊と狩猟でなんとか生計を立てている村だからね!」

 だから、ロゼッタは小さいころから森で獣を狩っていたようだ。


 村に入ると、俺たちに気づいた村人たちが集まってくる。


「ロゼッタじゃないか!」「学院の試験に落ちたのか?」

「それは安心して! ちゃんと合格したよ!」

「おお! めでたい!」「すげー。ロゼッタは村の自慢だ!」


 村人たちは大喜びだ。

 ロゼッタは村人たちに俺たちのことを紹介してくれる。

 村人たちは、ロゼッタに友達がいることに感動したようだ。


「ロゼッタは田舎者といじめられておりませぬか?」

「どうか、どうかロゼッタをよろしくお願いいたします」


 そして、村人はロゼッタに尋ねる。

「ロゼッタ、来てくれたのは嬉しいがどうしたんだ? 授業はよいのか?」

「手紙で困ってるって聞いたから、熊を退治しに来たんだ。授業が始まるまで暇だからね!」

「ありがてえ!」

「冒険者ギルドにも依頼を出したんだが、中々冒険者が来てくれなくてな……」


 それから魔熊の被害状況や出没場所などを村人から聞いて、俺たちはすぐに出発した。

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