第26話 使徒の能力。そしてルンルンの散歩

「俺があいつらの加護を引きはがしただと? なんのことだ?」

「無意識だったのね。手を触れて、ふさわしくないって宣言したでしょう?」

「……宣言というか、そんな感じのことは言ったと思う」

「それで加護を引きはがしたのよ」

「なぜ、そんなことに?」

「それはウィルちゃんが、神々の使徒、つまり神々の地上での代理人だからよ」

「使徒というのは聞いたが、代理人というのは初耳なんだが……」

「言ってなかったかしら。でもそういうものなの。だから心して使ってね」


 女神は笑顔だ。

 俺が何か言ってやろうとしたとき、他の神たちが俺に気づいた。


「お、ウィルが来たのか?」

「今度こそ俺たちと話をさせろ」


 だが、女神は神たちをブロックして言う。


「もう時間はないわ。そしてウィルちゃん。寂しいけどこっちにはあまり来ない方がいいの」

「なぜだ?」

「あまりこっちに来すぎると、意識がこちら側に引き込まれやすくなるわ」

「ふむ?」

「つまり死にやすくなるってこと」

「それは困るな」

「何とかして連絡手段を考えるから、こっちに来るのは控え目にしておきなさいな」

「そうか、忠告ありがとう」


 確かに昨日今日と二日続けて、こちらに来ている。

 便利な連絡手段として使うのはよくないのかもしれない。


 そして早くも俺の存在が薄くなり始めた。


「まだ神ではないのだから、あまりこっちに来てはダメよ」

「はいはい。ご忠告ありがとう」


 ……

 …………

 ………………


 気が付くと測定装置の部屋に戻ってきていた。

 ミルトがこっちを心配そうに見つめている。


「もういいのか?」

「はい、助かりました」

「ちなみにお師……、ウィルが意識を失っていたのは一瞬だ」


 やはり、こちら側の時間経過はほぼないらしい。


「今、神の世界に意識を飛ばして、人神に話を聞いたのですが」

「なんと! それで、人神さまはどうおっしゃっておられたのだ?」


 俺はミルトとゼノビアに聞いたことを説明した。


「使徒は代理人だから、加護を引きはがせる。そういうものなのか」

「どうやら、そうらしい」

「神の世界に行けるのは便利ですけど、死にやすくなるならもうやめた方がいいな」


 ゼノビアはものすごく心配してくれている。


「そうですね。余程のことがなければやめておきましょう」


 俺は気になっていたことを、ミルトに尋ねる。


「私の従兄たちには守護神を失ったことを伝えなくてよかったのですか?」

「その必要はないだろう。普通に努力したならすぐに気付くだろうしな」

「努力しないなら、そもそも加護などあってもなくても同じだ」


 ミルトとゼノビアの意見は確かにそうかもしれない。


「守護神を失った後、どうすべきかは本人たちの問題だ」


 ミルトもゼノビアも彼らにもう興味はないようだ。


「ヴォルムス家があそこまで腐っていたとは、一族としては恥ずかしい限りです」

「そうだな。嘆かわしいことだ」


 ミルトは他人事のように言う。


「ミルトさまもゼノビアさまもヴォルムス家には関与しないのですか?」


 父が当主になれなかったことや、屑のダナンが次代の当主であることを念頭に置いて尋ねる。

 ゼノビアがゆっくりと話し出す。


「自分で言うのもなんだが、我らは大きな権力を持っておる」

「だからこそ、抑制的に動く必要があると考えているのだ」


 ゼノビアとミルトは極めて真剣な表情だ。

 厄災の獣が関わらないことには、賢人会議は口も手も出さない。

 そう決めているらしい。


「そうなのですね。それはいいことだと私は思います」

「「ありがとうございます」」


 俺が褒めたそのとき、一瞬で弟子に戻ったかのようだった。

 とても嬉しそうに、二人同時にお礼を言った。


 権力を持つと腐りやすい。だからこそ、節制が必要だ。

 それを弟子たちは理解しているらしい。

 師匠として俺も嬉しい。



 それから、俺は弟子と別れ、アルティと一緒に獣たちと合流して託児所へと向かう。

 食堂でみんなでご飯を食べて、自室へと戻る。

 どうやらアルティは俺とサリアの隣の部屋を確保したようだった。


 自室に戻る途中、俺はアルティから今後の日程を聞いた。


「合格発表は一週間後か」

「そうです。入学式は合格発表の次の日です」


 それまで、すごく暇だ。


「あにちゃ、あしたから、さりあといっしょにあそぼ!」

「そうだな、サリア。遊ぼうか」

「わーい」「わふ!」「ぴぎっ」


 サリアとルンルン、フルフルが嬉しそうにはしゃぐ。

 たまには可愛い妹と獣たちと一緒に遊ぶのもいいだろう。



 次の日の朝食の後。

 俺は約束通りサリアたちと遊ぶことにした。


 まずはルンルンの散歩だ。

 身体の大きなルンルンは、当然必要な運動量も多い。

 神獣とはいえそこは普通の犬と変わらないのだ。

 いや、身体能力の高い神獣であるからこそ、必要な運動量はより多いかもしれない。


 俺はサリアを肩車し、フルフルを頭にのせて、ルンルンと一緒に学院の敷地を走る。

 学院はとても広いので、散歩に便利だ。

 足の速いルンルンと一緒に走ることは、俺にとってもよい訓練になる。

 ちなみにアルティとは別行動だ。


「きゃっきゃ! あにちゃ、はやいはやーい」「ぴぎぴぎっ」

「そうかそうかー」

「ハッハッハッ」


 ルンルンは舌を出して、息を切らして走っている。

 思う存分体を動かせて、ルンルンも楽しかろう。


 高速で走りながら、本館の近くを通りかかったとき、一人の少女と目が合った。

 少女は三人の護衛と一緒に歩いていた。


「あっ! あなたさまは!」

「えっと、君は」


 それは先日森で助けた治癒術師の少女だった。

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