第27話 少女との再会

 少女に気づいた俺が足を止めると、ルンルンも足を止めた。

 ルンルンものどが渇いているようだから、ちょうどいい。

 背負った鞄から水袋と器を出す。


「ルンルン、水をあげよう」

「わふわふ」


 俺が器に水を入れると、ルンルンは嬉しそうに飲み始めた。


 そこに、治癒術師の少女が走ってきた。護衛の者たちは後方で待機している。

 学院内なので危険はないという判断なのだろう。


「再会できてとても嬉しいわ。勇者の学院の方だったとは……」

「いや、合格発表を待つ入学希望者だ。事情があって寮に仮住まいさせてもらっている」

「そうなのね」


 少女は俺の右手を両手で包むように握ると、深々と頭を下げる。


「あの時は命を助けていただいて、感謝の言葉もないわ」

「あの時の皆は無事なのか?」


 俺は少しだけ少女のテンションの高さに戸惑いつつも、気になっていたことを尋ねる。

 大きな怪我を負っていた者たちには治癒魔術をかけておいた。

 大丈夫だと思うが、その後の経過が気になる。


 彼らは毒も食らっていた。

 毒の場合、解毒に成功し回復したように見えても、また体調を崩す場合もある。

 だから本来、解毒魔術をかけた後は慎重な経過観察が必要なのだ。

 恐らく大丈夫なはずだが、解毒魔術のその後は凄く気になる。


「おかげさまでね。あなたの治癒魔術は解毒を含めて完璧だったわ」

「それなら良かった。あの時の隊長みたいな人も元気なのか?」

「彼は今日は別の用事で動いているので別行動なのだけど、とても元気よ」

「それならよかった。よろしく伝えてくれ」

「もちろんよ! 絶対伝えるわ」


 そして、おずおずと言う。


「あの……。わたくしはティーナ・イルマディ、いやティーナ・ディア・イルマディというの」

 名乗られたら、名乗るのが礼儀だ。


「俺はウィル・ヴォルムスだ。そしてこの子が妹のサリア。ルンルンにフルフルだ」


 全員を紹介すると、ティーナは丁寧に順番に頭を下げて挨拶をした。


「かの有名なヴォルムス家の方だったのね。流石というしかないわ」

「いや、ヴォルムスは大したことがないんだ、残念ながらな」


 俺はクズな従兄たちを思い浮かべながらそう答える。

 そして、俺はイルマディという名に聞き覚えがあった。


「家名がイルマディということは、ティーナはイルマディ皇国の皇族なのか?」

「そうなの。わたくしは第三皇女なの」


 勇者の学院のあるここは、バリドア王国という。

 バリドア王国に北東方向に隣接しているのがイルマディ皇国である。

 イルマディ皇国は近隣で最も歴史のある国だ。


 百年前のイルマディの皇帝とは、前世のころは仲良くしてもらった覚えがある。


 そして、もう一つ。ディアというミドルネームも気になった。

 百年前のイルマディの皇族はミドルネームを名乗っていなかった。


「ミドルネーム持ちは珍しいな」

「ミドルネームは先日、水神の愛し子ディオン・エデル・アクアさまから頂いたの」

「ほう?」


 ディオンは、言うまでもなく俺の前世の弟子の一人の治癒術師だ。


 そこでやっと気づく。

 俺の弟子、エデルファスの直弟子はいつの間にかエデルというミドルネームを名乗っていた。

 そして、剣聖ゼノビアの弟子であるアルティはゼノンというミドルネームを名乗っていた。


「もしかして、弟子はミドルネームを師からもらうという制度なのか?」

「そうよ。師匠の名の一部をいただくことが多いわね」

「それは知らなかった。いつごろできた制度なんだ?」


 百年前にはそんな制度はなかった。

 疑問に思う俺に、ティーナは優しく教えてくれる。


「賢人会議の方々がミドルネームに師の名前を使い始めたのが最初だとか……」


 俺の弟子たちは最高権力者かつ最高権威者だ。

 それだけでなく、各分野において圧倒的な最高実力者だ。

 行動をまねるものが増えてもおかしくはない。

 それが新たな慣例として定着したのだろう。


「それにしても、その若さでディオン……さまの弟子になるとは。大したものだ」


 ディオンにはさまを付けなければ怪しまれる。慌ててつけた。

 言い淀んだことを、ティーナはまったく怪しむことなく笑顔を見せる。


「実力に不相応だとは思うのだけど……」

 そう言いつつティーナは説明してくれる。


 どうやら、各地を回っているとき、ディオンがティーナの才能に気づいたらしい。

 だが、仮にも皇女。勇者の学院が世界最高学府とはいえ、他国に留学するのは簡単ではない。

 だから、ディオンが弟子にしてくれたのだという。


「ディオン・エデル・アクアさまの直弟子となるのは大変名誉なことだから……」

「周囲の、議会や貴族たちの反対も少なくなるということか」

「そのとおりよ」

「それにしてもティーナは皇女なのに勇者の学院の生徒になるのか?」


 最高学府とはいえ、基本は魔物と戦うものを育成する学院だ。

 様々な危険はある。皇女をしている方が安全で楽なのは間違いない。


「勇者の学院では良質な教育を受けられるから。それにわたくしは第三皇女ですからね」


 イルマディ皇国の現皇帝、つまりティーナの父には子が沢山いるらしい。

 兄が三人、姉が二人。末っ子がティーナだ。

 継承順位はけして低くはないが、登極するつもりで人生設計できるほどには高くない。

 皇帝にならないことを前提に人生設計する必要がある。


「お師さまほどのお方がわたくしの才能を評価してくれたのならばと決心したのよ」


 どうやらティーナは俺と同じく推薦枠らしい。

 俺はゼノビアの、ティーナはディオンの推薦だ。


「じゃあ合格したら一緒に授業を受けることが出来るな。友達がいないから嬉しいよ」

「友達?」

「ん? ああ、勝手に友達とか言って悪かった」

「全然! 全然問題ないわ! わたくしもお友達のウィルさまと通えてすごく嬉しいわ!」


 水を飲み終わったルンルンがティーナの匂いを嗅ぎに行く。

 そんなルンルンをティーナは優しく撫でる。


 そこに護衛の一人がゆっくりと歩いて来た。


「殿下。そろそろお時間が……」

「あ、そうね!」


 そして、ティーナは俺に向かってもう一度頭を下げた。

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