第25話 御曹司たちの加護

 俺がミルトを追って走ると、アルティ、ルンルンとフルフル、ゼノビアがついて来る。


 部屋を出る前にミルトとゼノビアはフードを深くかぶっている。

 かぶった途端に気配が一気に薄くなった。大した魔道具だ。


 ミルトは医務室までまっすぐ走った。


「ぜえぜえぜえ」

「無理するな」

「このぐらいなんでもない」


 ゼノビアに労わられてミルトは意地を張る。

 ミルトは息を整えると、自分とゼノビアが着ている物と同じ外套を差し出した。


「ウィルを見ると恐慌状態に陥るかもしれないからな」

「そうですね、ありがとうございます」


 俺は外套を身に着けながら言う。


「アルティとルンルンとフルフルは隠れていてくれ」

「わかりました」

「わふ」「ぴぎ」


 アルティはヴォルムス本家の屋敷に俺を迎えに来て御曹司たちに出会っている。

 アルティやルンルンたちと一緒に入室すれば、すぐに俺の正体に気づくだろう。


 アルティたちが身を隠したのを確認して、ミルトは「失礼する」と言って医務室へと入った。


 医務室の教員はこちらを見て会釈する。

 救世機関の一員なのだろう。ゼノビアとミルトには当然気づいているようだ。


 ベッドにはダナンとイヴァンが寝かされていた。

 起きているが、まるでうなされているかのようにぶつぶつと呟いている。

 完全に正気を失っているようにも見える。


 そんな御曹司たちにミルトは自然な仕草で正気化サニティの魔法をかけた。


「ダナン。イヴァン。試験を受けられなくて残念だったな」

「……はい」「残念です」


 先ほどとは打って変わって、落ち着いた様子で受け答えする。

 そして、まったく覇気がない。意欲も何も感じない。


「学院としても四柱よはしらのそなたたちを試験すら受けさせず帰らせるのは損失だ」

 ミルトの言葉に、ヴォルムス兄弟は期待のこもった目を見せた。


「どの程度の寵愛値を持っているのか、学院の高性能な測定装置で測らせてくれぬか?」

「それで、もし寵愛値が高ければ……」

「もちろん合否判定の判断材料になるとも」

「ありがとうございます」


 ダナンもイヴァンも少し元気が出たようだ。

 高い寵愛値を出して合格できると信じているに違いない。


「では、二人とも私の後についてきなさい」

「はい」「畏まりました」


 ダナンもイヴァンも足取りが重い。ぼーっとしている。

 致命的な毒虫に刺されすぎたせいだろう。

 いくら治癒魔術で命を取り留めたとしても、体力は根こそぎ持っていかれるからだ。

 そのせいか、二人とも俺にまったく気づいていない。


 しばらく歩いて、俺が先日寵愛値を測定した部屋に到着する。

 ミルトは詳しい説明をすることなく、事務的に言う。


「この球に手を触れなさい。二人同時で構わぬ」

「「はい」」


 ダナンとイヴァンは測定装置の球に手を触れた。

 一瞬、周囲の魔法陣が光った。それで測定は終わりだ。

 きっと俺が神の世界に行った時間も、こちら側ではこのぐらいだったのかもしれない。


「結構。合否はあとで連絡する。おつかれさま」

「ありがとうございました」

 そう言って御曹司たちは部屋を出て帰っていった。


「ミルト。結果はどうだった?」


 ゼノビアは興味津々だ。


「……うむ。二人とも守護神がいなくなっている」

「減ったのではなく、いなくなったのか? そんなことがあるのか?」


 ゼノビアは少し困惑している。


「私もこのケースは知らない。だが確かに守護神がいなくなっている。つまり寵愛値が〇だ」

「四柱持ちから、いきなり人神だけになったのか。自業自得だな」


 ゼノビアは、うんうんとうなずくがミルトはゆっくりと首を振った。


「それは違う」

「む? 何が違うのだ? 明らかに自業自得だろう」

「そこは否定していない。二人には人神の加護もない」

「…………人族なのに?」

「人族なのにだ。だからこのケースは私も知らない」


 ミルトとゼノビアは真剣そうな顔で考え出した。

 俺はミルトに尋ねる。


「寵愛値が減ることは、どのくらいあるんだ?」

「減った例も増えた例もごく稀にあります。……ですが寵愛値が〇になった例はないかと」

「ふむ? ミルト。ゼノビア。どういうことかわかるか?」


 この場には三人しかいないので、ついため口を使ってしまった。

 今後のことを考えたら敬語になれておくべきかもしれない。


「わかりません」「恥ずかしながら、わかりませぬ」

「そうですか、ならば測定装置を起動してください」


 俺が敬語を使いだすと、ミルトは俺の意図を把握してくれたようだ。

 口調が生徒に対するそれに替わる。


「……それはかまわぬが、……一体何をするつもりだ?」

「直接人神に聞きに行ってこようと思います」


 わからないなら、直接聞けばいいだろう。

 俺はミルトが測定装置を起動したことを確認して、装置の球体に手を触れた。


 ………………

 …………

 ……


「あ、ウィルちゃん、来てくれたのね」

 俺を出迎えたのは女神、つまり人神だ。


「時間がない。単刀直入に聞こう」

「なに?」

「俺の従兄たちの加護が消えたらしいんだが、そういうことはあるのか?」

「もちろんあるわ。与えた加護をはがすなんて造作もないことよ」

「人族であってもか?」

「あたりまえでしょう?」


 こともなげに人神が言う。


「確かに従兄たちはクズだったが、世の中には他にもいっぱいクズはいると思うのだがな」

 残念ながら、従兄たちを超えるクズもたくさんいる。


「神々は地上を見ているけど、個体に関してさほど興味があるわけではないの」

「知ってはいたが、相変わらず無責任なことだ」

「でも神は全能ではないのだし……」


 それも知っている。

 たまたま俺を見ていて、従兄の行動が目に余ったので加護を引きはがした。

 そんなところだろう。


「違うわ。従兄の加護を引きはがしたのはウィル、あなたよ?」


 女神が驚くべきことを口にした。

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