第17話 決闘

 ダナンもイヴァンも杖をこちらに向けたまま動かない。

 ずっと俺を睨みつけている。


 俺にとって、ダナンもイヴァンも慣れた相手だ。

 何度も一方的に殴られているからだ。力量も癖も熟知している。

 俺が早くかかってこないかなと、ダナンとイヴァンを見ていると、


「グズグズするんじゃねぇ! このノロマが!」

「こっちは、さっさと始めたいんだよ! グズが!」


 ダナンとイヴァンがののしってきた。俺は笑顔を浮かべて、返答する。


「……まだ決闘が始まっていないと思ってるのか?」

「は?」

「何言ってるんだ?」


 ダナンとイヴァンはきょとんとした。

 先ほど試験官が準備が終わったか尋ね、それに両者とも完了したと答えた。

 そして準備が済んだのならさっさと始めろと指示が出た。

 つまりその時点で決闘は始まっている。


 俺は全身に魔力を流して一気に間合いを詰める。

 そして、ダナンの首を左手でつかむ。


「構えてなくても、お前らぐらい秒で殺せるんだ」

「ひ、卑怯だぞ!」

「そうだ! 兄上を離せ、卑怯者!」

「実戦でもそう言い訳するつもりか? 敵に今のずるいって死んでから懇願するつもりか?」

「だ、黙れ!」

「こんなのは無効だ! それに手で首をつかんでるだけじゃないか!」


 俺は手に少しだけ力を込めた。

「このまま首をへし折ってもかまわないが、そうして欲しいのか?」


 ダナンの顔が真っ赤になった。


「ま、待て! く、苦しい」

「おらあ!」


 ダナンに俺の意識が向いていて、隙だらけだと判断したのだろう。

 イヴァンが剣を抜いて襲い掛かってきた。

 その剣を持つ右手を足で蹴り上げる。剣が飛んで床に転がる。

 ダナンも腰の短剣を抜いて、反撃しようとした。

 その手を右手でつかんでひねり上げる。


「ぐああああ」


 ダナンは悲鳴を上げた。

 慌てて剣を拾いなおしたイヴァンが叫ぶ。


「こ、この卑怯者!」

「まったくもって卑怯な要素はないんだが」


 介添人を務める試験官があきれた様子でため息をついて言う。


「そろそろ、いいか」


 試験官は俺の勝利宣言をしようとしているのだろう。

 だから、俺はあえてダナンの首から手を放す。

 そして大きな声で言う。


「卑怯な要素はないが、納得は必要だ。しばらくお前らの攻撃を受けてやる」

「舐めやがって」

 ダナンが悔しそうに吐き捨てた。


「俺が舐めてなかったら、お前らはもう死んでる」

「後悔するなよ! クソガキが!」


 そしてダナンとイヴァンは小さな声で詠唱を始めた。

 すぐに二人の周囲に羽虫が集まり始める。

 恐らく虫を操る魔法だろう。なかなかの数だ。


 まるで黒いもやのようにみえるほどだ。

 一匹一匹の羽音は小さいが、数万匹集まるとかなりの音になる。


 二人掛かりの魔法とはいえ、そう弱くはないように思える。

 実際、受験生たちの中には驚いている者も少なくない。


 ダナンが勝ち誇って、大声でアピールし始めた。


「どこに逃げても無駄だ」

「どれだけ素早く動こうが数万匹の虫を避け続けるのは不可能!」

「クソガキ。ただの虫じゃないぞ! 一刺しで充分死ねるほどの毒虫だ」

「どんな鎧を着ていても無駄だ。呼吸するための隙間があれば、侵入してお前を殺す」


 ダナンとイヴァンは随分と自信があるようだ。

 確かに大量の毒虫は使い方次第で、かなり強力なのは確かだ。


「そんな虫、どこに隠してたんだよ」


 魔力の流れから判断するに、別のところから召喚したわけではない。

 用意していた虫を操っているのだ。

 とはいえ、数万匹の虫を操るのは簡単ではない。


「おい、クソガキ。土下座したら許してもらえるかもしれないぞ」

「さっさと頭を下げるんだよ!」

 ダナンもイヴァンも勝利を確信して、ニヤニヤしている。


「いいから、さっさと攻撃を始めろ。しないなら、またこっちから行くぞ」

「舐めやがって」

「死んで後悔しろ!」


 羽虫が一斉に俺に向かって飛んできた。

 俺は小さな火球ファイヤーボールで迎撃する。

 守護神が一柱でも、練習次第で充分出せる程度の大きさにしておいた。

 ほかの受験生から怪しまれないようにだ。


「そんな小さな火球でどうしようって――」

 笑うダナンの目の前で、火球は虫の集団にあたる。

 その瞬間、小さな火球をぼわっと拡散させる。

 拡散させることは火球が使える魔導師ならだれでも使える基本的な技術。

 だが、それだけで虫は当然焼け落ちる。


「飛んで火にいるバカの虫」

「てめえ……」


 使い方次第でかなり強力だと思うが、肝心の使い方がなってない。

 せっかく小さな羽虫を操れるのだ。

 敵に気づかれないよう羽虫を動かさなければ、利点の大半が消えてしまう。


「虫だって生き物なんだ。命を粗末にするな」

「焼き殺したお前が言うんじゃねえ」

「俺が虫を殺すのは当たり前だ。襲ってきたら殺すしかないだろう」


 ダナンたちは少し頭を働かせさえすれば良かったのだ。

 たったそれだけで、虫に正面から突っ込ませることがいかに愚かか気づけたはずだ。


「もうお前らの攻撃は終わりか?」

「舐めやがって! 俺たちの攻撃が虫だけだと思うな!」


 ダナンもイヴァンも四柱の守護神がいる。

 つまり人神と虫神以外に二柱の守護神がいるはずだ。

 得意な攻撃がまだまだあるのだろう。


「まだ自慢の攻撃があるなら、さっさとしろ」


 俺はダナンたちに向けて挑発する。

 本気を出す前に倒されたとか言い訳されても面倒だ。

 相手の得意とする攻撃、心のよりどころを全てへし折ったほうがいい。

 徹底的につぶした方が逆恨みされないものだ。


 ヴォルムス本家の力で嫌がらせをされても俺一人ならどうとでもなる。

 だが、サリアはまだ自分で自分の身を守れないのだ。


 俺とは二度と関わり合いになりたくない。そう思わせなければならない。


「クソガキが!」「さっさと死ね!」


 ダナンとイヴァンが魔法を連射してくる。

 殺意のこもった攻撃だ。威力はともかく単調すぎて話にならない。

 俺は難なくかわしていく。


 攻撃を見ているうちにわかる。

 ダナンの守護神は人神、虫神、岩神、風神の四柱らしい。

 そしてイヴァンの守護神は人神、虫神、岩神、土神だ。


 組み合わせれば色々有効に使えそうだ。

 だが、使いこなす頭脳がなければ宝の持ち腐れ。

 ヴォルムス本家の魔法教育が良くないのかもしれない。

 戦闘魔術で名をなしたヴォルムス家ともあろうものが情けない。


 ダナンがわめき始めた。

 いつまでたっても攻撃が当たらないのでしびれを切らしたらしい。


「虫みたいに逃げ回りやがって!」

「単調すぎて、かわすのが楽だ。もう少ししっかり考えろ」

「ふん、強がりを!」

「もう、充分時間は与えた。これ以上は時間の無駄だろう。こっちから攻撃させてもらう」

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