第16話 決闘準備

 自分のことはともかく、母を侮辱されて黙っていられない。

 黙っている方が賢いとしても、それをよしとは俺は思わない。


 俺の手袋が顔面に直撃したダナンは顔を真っ赤にした。


「クソガキが俺に決闘だと? 身の程知らずが!」

「まさか、ヴォルムス本家の公子、それも四神が、一神の八歳児にビビっているのか?」

「そんなわけないだろうが」


 そこで、もう一つの手袋をイヴァンの顔面にも投げつける。

 弟の方も母を侮辱したことには変わりない。


「俺は二人同時で構わない。いつでもかかってこい。先手はとらせてやる」

「は? てめえ、バカにしているのか?」

「クソガキが! ふざけやがって! 兄上身の程を思い知らせてやりましょう!」


 ダナンは少し考えて、にやりと笑った。


「クソガキ、お前は負けたらヴォルムスの名を捨てろ」

「ああ、わかった。それだけでいいのか?」

「強がってるんじゃねえ。お前なんてヴォルムスの名を捨てたら野垂れ死にだ!」


 それはお前らの方だろう。そう思ったが言う必要もない。


「俺が勝ったら、お前らは発言を取り消した後、土下座して母の墓前で詫びろ」

「お前が勝つことなんて、天地がひっくり返ってもありえねーよ」


 ダナンがそう言ってイヴァンと一緒に機嫌よく笑い始めたとき入り口の扉が勢いよく開かれた。


 入ってきたのは中年の男。

 身のこなしから判断するに、なかなかの力量の持ち主とみた。


「筆記試験の試験官をしに来たら、ずいぶんと面白そうなことになっているじゃないか」


 そう言いながら、俺たちの方を見てほほ笑む。

 どうやら試験官らしい。恐らく救世機関の人間だろう、


 外からやって来たのに、俺たちの事情は把握しているようだ。

 魔道具か何かで、ロビーの様子を観察していたのかもしれない。


 男は優しく微笑みながら言う。


「許可のない生徒同士の決闘は禁止だ」

「俺はまだ生徒じゃない」

「そうだな。だが、受験生も今は生徒に準じる扱いだ」


 それを聞いて、ダナンが吐き捨てるように言う。

「命拾いしたな、クソガキ!」

「ああ、存分に痛めつけてやれたのにな」

 イヴァンの方は心底残念そうだ。弟の方が自信家らしい。


「俺が介添人をしよう。場所を移して決闘を始めるぞ」

「え?」


 ダナンは驚いてぽかんとしている。


「え? じゃないだろう。決闘したかったんだろう?」

「ですが、これから筆記試験なのでは?」

「こんな状態で筆記試験に集中できるか? できないだろう?」

「そうだな、俺もそう思う」


 亡き母の名誉を回復しないまま、筆記試験に集中できるわけがない。

 試験官は受験生たちに尋ねる。


「お前らも気になるだろう? 少し遅れてもいいか?」


 受験生たちは、こくこくと素直にうなずいている。


「ということだ。安心しろ」

 そして、試験官はすたすたと歩き出す。


「全員ついてこい。実技試験の会場も一足先に見せてやる」

「「「はい!」」」


 受験生たちは目を輝かせてついていく。

 受験生たちは決闘を見学するだけだから、気楽なものだ。


 俺はその後ろをルンルンとフルフルと一緒に歩いていく。


「おい、クソガキ、痛めつけてやるからな。死んでも事故だ、覚悟しろ」

 イヴァンが俺の近くにわざわざ来て、そんなことを言う。


「折角のお言葉だが、この歳で殺人者になるのはちょっとな」

「……?」

 俺の皮肉の意味が分からなかったようだ。きょとんとしている。


「安心しろ。命だけはとらないでおいてやるって言ってるんだ」

 イヴァンの顔が真っ赤になった。


「てめえ!」


 激高して殴りかかろうとしたイヴァンに試験官が言う。


「おいおい、やる気ありすぎるだろ。すぐ着くから大人しくしておけ」

「ふん。お前を痛めつけるのが楽しみだよ」


 捨て台詞のように言って、イヴァンは小走りで先に行った。


 しばらく歩いて、広い会場に到着する。

 床は土で出来ていて、壁と天井には魔法陣が刻まれている。

 恐らく床の土の下にも魔法陣が刻まれているのだろう。

 多少の魔法では壁も天井も破れまい。被害の拡大を防ぐことができそうだ。


 そして、会場には俺を学院まで連れてきてくれたアルティがいた。

 アルティは俺に気づいて小さく会釈した。


「アルティ。準備中に済まないな。受験生に血気盛んな奴らがいてな」


 どうやらアルティは実技試験の会場準備をしていたらしい。

 アルティは救世機関の見習いだ。いろいろな雑用があるのだろう。


「はい。決闘ですか?」

「そうだ。場所を借りる」

「わかりました」


 試験官は俺たちに向けて言う。

「さて、ウィル・ヴォルムス。ダナンとイヴァンの兄弟。前に出なさい」


 試験官に促されて俺とダナン、イヴァンは前に出る。

 当然といった様子で、ルンルンとフルフルも一緒に前に出る。


 試験官はルンルンたちに一瞬目をやったが、何も言わない。

 従魔ならば、一緒に戦うのは当然という判断なのだろう。


「ウィルが勝てば、ダナンたちは発言取り消し、ウィルの母に土下座して詫びる、だったな」

「そうだ」

「ダナンたちが勝てば……。ウィルは家名を捨てるだったか?」

「その通りです」


 試験官はやってくる前に話し合われた条件を知っている。

 やはり、ロビーをしっかり監視していたのだろう。


「ウィル。構わないのか? 条件が釣り合っていないが」

「まったくもって構わない」


 俺の答えを聞いて、試験官が真剣な顔で言う。


「ウィル。一対一を二回じゃなくていいのか?」

「いや、面倒だから一対二で頼む」


 試験官は俺を下から上へと舐めるように見た。

 それからダナンとイヴァンを見る。


「まあ、ウィルが希望するなら構わないが……。一対一と一対二では相当難度が違うぞ」

「わかっている。だが、こいつら程度なら問題ない」


 ダナンとイヴァンの顔が真っ赤になっている。

 侮辱と捉えたのだろう。


 ふと気が付くと、アルティはもういなかった。

 俺たちの決闘のせいで、会場準備を進められなくなった。

 だから、別の仕事を先にすることにしたに違いない。

 後で仕事を邪魔してしまったことを、アルティには謝っておこう。


 俺がそんなことを考えていると、試験官はダナンたちに尋ねる。


「ということだが、お前らはウィルと二人で戦うというのでいいか?」

「あまりに力の差がありますが……。ウィルが望むのなら仕方ありません」

 ダナンは口では残念そうに言うが、顔はものすごくにやけていた。


「調子に乗ったことを後悔させてやる。これは教育だ!」

 イヴァンは勝利を確信して、顔をにやけさせている。


「両者の合意が付いたな。ではウィルとダナン、イヴァンとの決闘を行う。急いで準備しろ」

「ルンルン。フルフル。少し離れてなさい」

「がう?」「ぴぎぃ?」


 ルンルンとフルフルは「なんで? ぼくたちも戦うよ?」と目で言っている。


「ルンルン、フルフル。あいつらぐらい俺だけで大丈夫だ」

「がぅ……」「ぴぎ……」


 少ししょんぼりしながら、ルンルンとフルフルは後ろに下がっていった。


 試験官が俺を真剣な目で見つめてくる。


「おい、ウィル。従魔も使わないのか? 大丈夫か?」

「大丈夫だが?」

「慢心ではないのか?」

「全く」

「……もしや、ヴォルムスの家名を捨てたいから、わざと負けようとしてないよな?」

「まさか。わざわざ捨てるほどの名前でもないだろう」

「……念のために言っておくが、俺は審判は公正にする」

「当然だ」

「ウィルが年下だろうが、数が不利だろうが、ひいきすることはない」

「多少、向こうをひいきしてくれてもいいぐらいだ」

「そこまでいうなら、もはや止めない。好きにしろ」


 その話を聞いていたダナンとイヴァンは、怒りで顔を真っ赤にしていた。


「両者とも準備はいいか?」

「俺はとっくに準備完了している」

「ダナン・ヴォルムス、準備完了しております」

「いつでも、ぶちのめしてやりますよ!」


 試験官は小さくうなずくと、静かに言った。


「準備が済んだのなら、さっさと始めろ」

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