第13話 テイネブリス教団

◇◇◇


 ウィルと別れた後、アルティは勇者の学院本館の最奥に向かった。

 その足取りはウィルといる時よりもかなり早い。

 ウィルは幼い。だからアルティは合わせるために歩調を緩めていたのだ。


 アルティは本館最奥にある扉の前で足を止める。するとすぐに自動で扉が開かれた。

 中にいる人物はアルティが近づいてきていることに、とっくに気づいていたということだ。


 アルティはそのまま中へと入り、十歩進んで直立不動の体勢になる。


「お師さま。アルティただいま戻りました」

「ご苦労だった。して、ウィル・ヴォルムスはどうだった?」

「八歳とは思えない立ち居振る舞いです。賢さも胆力もかなり高いと見ました」

「そうか。ふーむ……。やはり……」


 アルティの師匠、剣聖ゼノビア・エデル・バルリンクはまじめな顔で椅子から立ち上がる。

 ゼノビアは、ウィルの前世エデルファスの直弟子、つまり賢人会議を構成する一人だ。


 ゼノビアは部屋の中をゆっくりと歩きまわりはじめた。それが考え込むときの癖なのだ。


 ゼノビアは人族の中でも長命で知られるエルフ。百二十歳だが老いていない。

 百年前と変わらず、外見は美しい少女のままだ。


 考え込み無言になったゼノビアにアルティは淡々と言う。


「ですが、ウィル・ヴォルムスの守護神は人神のみです」

「……………………まことか?」

「はい」


 ゼノビアは驚き、足を止めて目を見開いて天を仰ぐ。


「やはり、違うのだろうか」

「違うとは?」

「……いや、なに。こちらのことだ」

「はい」


 またゼノビアは考え込み、歩き始めた。

 自分の周りをぐるぐると歩き回る師匠を、アルティは黙って見守った。


「……アルティ、何かおかしなことはあったか?」

「……」


 アルティはしばらく考える。

 師匠は自分に何を聞きたいのだろうか。

 師匠の問いの真意が何か、アルティはまじめに考える。

 そんなアルティをみて、ゼノビアはため息をついた。


「あのな。アルティ。私はアルティを、今は・・試そうとしていない」

「はい」

「単に何か変わったこと、不自然なことがなかったか知りたいだけだ。なんでもいい」

「……そういえば、寵愛値測定装置の使用時に意識が飛んだ例はないか聞かれました」


 ゼノビアは一瞬固まる。


「……お? ふむ? つまりどういうことだろうか」


 アルティは黙ったまま待つ。

 これは師匠の自問自答。そう判断したからだ。


「ミルトの奴に確かめねばならぬな」


 ミルトとは、魔神の愛し子ミルト・エデル・ヴァリラス、小賢者だ。

 エデルファスの直弟子、賢人会議を構成する一人にして、寵愛値測定装置の作成者だ。


「私が小賢者さまへの伝令を務めましょうか?」

「その必要はない」

「はい」


 しばらく経って、ゼノビアはアルティに笑顔を向ける。

 考えがまとまったに違いない。そうアルティは判断した。


「アルティ。ウィル・ヴォルムスについてどう思った?」


 どうだった? ではなくどう思った? に質問が変わった。

 つまり、客観的な意見は求められていない。


 師匠に自分の主観的な感想を求められている。

 そう考えたアルティは慎重に言葉を選ぶ。

 アルティは師の言葉の真意を正確に読み取ろうと全力を尽くす傾向があるのだ。


「……とても、……ウィル・ヴォルムスは、とても優しい方だと思いました」

「ふむ? ほかには?」


 ゼノビアは興味を持ったようで、アルティの正面で足を止めた。


「努力家です。妹思いで、冷静で理知的で、……前向きだと思いました」

「ほうほう。アルティはウィルについて良い印象を持ったようだな」

「……そうかもしれません」


 ゼノビアは再び歩き始める。アルティの周囲をぐるぐる歩く。


「アルティ。守護神は人神のみということだったが……」

「はい」

「ウィルの才能についてはどう考える?」

「……人神のみということは、特別な才能はないと考えるのが当然かと思います」

「そうだな。で、アルティはウィルの才能について、どう思う?」


 どう考える? からどう思う? に質問が変わった。

 より主観的な意見を求められている。

 そう判断してアルティは守護神を抜きにして、ウィルの素質を冷静に判断するよう努める。


 アルティも見習いとはいえ、救世機関の一員。

 そして、才能を見込まれ、剣聖の直弟子に選ばれたほどの実力者。

 一般的な基準で言えば、すでに一流の武人である。

 当然才能を評価する目は鋭い。


「……抜群の才能です」

「ほう?」

「私がこれまで生きてきた中で、あれほどの才能を見たことはありません」


 さりげなく歩きながら、アルティはウィルのことを観察していた。

 歩き方、身のこなし。魔力の抑え方。

 そのどれもが八歳児のそれではない。


 いや救世機関の中にすら、あれほどの才能を持つ者はいないだろう。

 恐らく賢人会議の方々に才能は並ぶのではないか?

 そうとすら思えた。


 ウィルの守護神が人神だけだと知ったとき、アルティはひそかに驚愕していたのだ。


「そうか。ならばアルティ。引き続きウィルにつきなさい」

「かしこまりました」


 アルティに指示を出すと、ゼノビアは素振り用の剣で素振りを始めた。

 それをアルティはじっと見る。

 相変わらず素晴らしい型だ。素振りを見ているだけで勉強になる。


 アルティが見とれていると、素振りの手を休めずにゼノビアが言う。


「アルティ。なにか質問があるのか?」

「お師さま。なぜ私にウィル・ヴォルムスを連れてくるようにおっしゃったのですか?」

「ん? すでに説明しただろう? 妨害が予想されるためだ」


 アルティはその答えでは納得しない。

 見習いとはいえ仮にも救世機関の一員であるアルティが直接行く理由にはならない。

 だから、アルティは無言で師匠ゼノビアを見る。


「…………」

「……まあ、納得せんわな」

「申し訳ありません」

「いや、いい。そのように思考することは大切だ」

「ありがとうございます」


 そして、しばらくの間をあけて、アルティは師匠に尋ねる。


「厄災の獣テイネブリス関連ですか?」

「まあ、そう思うのも無理ないわな」


 そういって、ゼノビアは微笑んだ。

 魔王である厄災の獣には名が沢山ある。そのうちの一つがテイネブリスだ。


「アルティ。ほかにはどのようなことを考えておるのだ?」


 ゼノビアは弟子がどのように思考するのか聞いてみたいのだろう。

 そう、アルティは判断する。


「妨害というのは、テイネブリス教団からのものを警戒してのことでしょうか?」


 テイネブリス教団とは、厄災の獣を狂信的に信奉している秘密教団のことである。

 公には知られていないが、元々救世機関はテイネブリス教団に対抗するために作られた組織だ。

 実は厄災の獣に対抗するために作られたものではない。


 賢人会議、つまりエデルファスの弟子たちは厄災の獣を完全に滅したと思っていた。

 だから厄災の獣のために組織を作ることはありえなかった。


 テイネブリス教団と暗闘していく過程で、厄災の獣が滅んでいないことを知ったのだ。

 現在は厄災の獣対策と、教団との暗闘が救世機関の仕事である。


 そしてアルティは救世機関の末席に名を連ねている。

 そのアルティを賢人会議のゼノビアは動かした。

 つまり、ウィルの保護はテイネブリス教団関連と考えるのが自然だろう。


「アルティは、ウィル・ヴォルムスの任務をテイネブリス関連だと、そう思うのか?」

「はい」

「ふむ。そうだな……」


 ゼノビアは素振りの手を止めて少し考える。そしてアルティのもとへと歩いていく。


「まあ、上出来だ」

 ゼノビアは優しく微笑み、アルティの頭をわしわしと撫でた。


「ちょっと今は言えない理由があってな。話せるようになったら改めて話そう」

「はい」

「下がってよいぞ」


 そして、アルティは深く頭を下げて退室した。

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