第12話 寵愛値測定の結果を受け止める八歳児

 正直なところ、俺には多くの守護神がいるものと思い込んでいた。


 俺の勝手な予想では

「こんなに守護神がいることなんて、見たことも聞いたこともありません!」

 とかアルティが感動してくれる展開になるものだとばかり。


 神々、つまり師匠たちとは一緒に酒を飲み交わしたり冗談を言い合ったり楽しかった。

 俺が転生する前には、神たちが集まってきて激励してくれたりもしたのだ。


 神の世界で、かなりの長い間、師匠たちと一緒に過ごした。

 もっとも、あの世界は時の概念が違うので長いというのは正確ではないのだが。


 それに犬神も師匠ではないが、結構俺のことを気に入ってくれていると思っていた。


「……師匠たち。もしかして俺のこと嫌いだったんですか?」

「ウィル・ヴォルムス?」


 無表情のアルティが首をかしげながらこっちを見ていた。

 思わず口に出してつぶやいてしまったようだ。


「いや、何でもない。気にしないでくれ」


 俺は気を使わせないよう、アルティに向かって笑顔を見せた。

 ついでに気になっていたことを聞いてみる。


「アルティもこの装置で測定したんだろう?」

「はい。もちろんです」

「手を触れた瞬間、どんな感じがした?」

「どんな感じとは? 球がひんやりとしていると思いましたが」

「いや、手触りではなく、意識がどこかに飛んだりしたか?」

「…………?」


 アルティは何のことかわからない。そんな表情を浮かべていた。


「測定時に意識がどこかにとんだりした例はあるのか?」

「……私の知っている限りではありません」

「そうか。変なことを聞いた」


 どうやら、普通は神の世界に飛んだりしないらしい。

 確かに俺が見た限りでは装置の魔法の術式で神の世界に飛ぶとは考えにくい。


「ふむ」


 何か特殊な事情があるのかもしれない。

 女神が最後に何か言いかけていた。それと関係があるのだろうか。

 そんなことを俺は考えた。


「……ウィル・ヴォルムス。守護神の数は入試の成績には加味されません」

「そうなのか?」

「事前に測定するのは入学後の育成方針の参考にするためです」

「それなら合格後に調べればいいのでは?」

「適性のある分野を鍛えてから受験するのが一般的なので」


 アルティは普通の人は十歳で寵愛値を調べていると言っていた。

 どの科目を受けるのかその参考にできるように事前に調べてくれたのかもしれない。

 結果として、守護神一柱という結果になったわけだが。


 アルティは、無表情なまま、じっと俺を見つめていた。

 もしかしたら、元気づけようとしてくれていたのかもしれない。

 黙って考え込んでいたので、へこんでいると思ったのだろう


「ありがとう。そうだな。明日の入試は全力を尽くすよ」

「それがいいです」


 それからアルティに明日の試験について簡単に説明をしてもらった。

 筆記試験の後、実技試験が実施されるとのことだ。

 実技試験の種類は多様で、そのどれか一つでいいので好成績ならばよいらしい。


「剣術に秀でたものを、水魔法の成績が悪いからと落とすのは愚かなことです」

「それもそうだな」

「もちろん、多くの試験で高得点を取るのも有効です」

 何でも屋が重宝がられるのはいつの時代も同じだ。


 アルティの試験についての説明が終わった後、俺たちは託児所に向かう。

 サリアとルンルンを迎えに行くためだ。

 その道中、俺はアルティに聞いてみた。


「アルティの守護神はどの神さまなんだ?」

「剣神さまです」


 あのおっさんか。俺は剣神の姿を思い浮かべた。

 優しく色々教えてくれたのに、寵愛はくれなかったようだ。とても悲しい。


 悲しくなるので話題を変える。

「アルティはまだ若いのに、もう救世機関の一員なんだろう? すごいな」


 難関の勇者の学院をさらに好成績で卒業した者が救世機関に入るのだ。

 そう考えると、アルティはスーパーエリートなのだろう。


「救世機関の一員と言っても、つい先日入ったばかり。まだ見習いです」

「そうだったのか」


 見習いだから、俺の案内をさせられているのだろう。

 俺はアルティが、本家の御曹司である十五歳児の拳を指一本で止めたのを見ている。

 あれは相当な技量がなければできない芸当だ。


「あれだけできるアルティでも見習いか」

「はい。日々修行の毎日です」


 やはり救世機関の者たちの力量はかなり高そうだ。

 そんなことを話している間に託児所に到着する。


「では、ウィル・ヴォルムス。サリア。ルンルン。私はこれで」

「アルティ。助かった。ありがとう」

「あるねえちゃん。またね!」

「わふわふ!」

「ぴぎっ」


 ルンルンは別れを惜しむように、アルティの顔をなめた。

 フルフルは俺の服の中で小さく鳴いた。

 アルティはしばらくルンルンを撫でてから去っていく。


 サリアはアルティが見えなくなるまでぶんぶんと元気に手を振っていた。

 そんなサリアを、俺は優しく抱きあげる。


「サリア。お腹すいたか?」

「すいた! あにちゃはおなかすいた?」

「そうだな。兄もお腹がすいたかもしれない」

「さりあ、ほしにくもってるよ!」


 そういって、サリアはポケットから、カピカピの干し肉を取り出した。

 昨日のおやつをとっておいたのだろう。

 御曹司の嫌がらせで食事を減らされることも少なくなかった。

 家臣たちがこっそり食事を持ってきてくれていたが、それにも限界もある。

 ルンルンも自分で採ってきた鳥を分けてくれたりもしたが、毎日ではない。


 だから俺たちは空腹で過ごすこともあった。

 そのため食糧が余っていると保存したりしてしまうのだ。

 サリアはまだ三歳なのに、俺は苦労を掛けすぎている。


 もし、勇者の学院に落ちたとしても、本家には戻らず何とか生活することにしよう。

 少なくともサリアをお腹いっぱい食べさせるぐらいのお金は稼げるはずだ。

 ルンルンと一緒に頑張ればいけるだろう。


「あにちゃにあげる! たべて!」

 そういって、サリアはにこっと笑った。


「それはサリアのおやつだろう?」

「でも、あにちゃ、がんばったから、あげる!」


 自分もお腹がすいているというのに、サリアは俺にくれるという。

 なんと優しいのだろう。


「でも、サリアもお腹すいているだろう?」

「んーん。すいてないよ! おねえちゃんにおやつもらったもん」


 託児所でおやつをもらったらしい。

 だが先ほど空腹か聞いたとき、確かにお腹がすいたと言っていた。


「あにちゃ、さりあ、おなかいっぱいだからたべて!」

 ――ぐー

 同時にサリアのお腹が鳴った。

 サリアは自分のお腹が鳴ったことが、俺に気づかれたと思っていないのだろう。

 笑顔のまま、干し肉を俺に差し出している。


「……そうか、ありがとう。兄がいただこう」

「うん! たべて」


 俺は少し考えて、サリアからもらった干し肉を食べる。

 まずい干し肉のはずなのに、サリアがくれたというだけでものすごくおいしい。


「サリア。ありがとう。すごくおいしいよ」

「えへへー」

「そうだ。アルティに聞いたんだが、食堂でご飯を食べていいらしい」


 それが俺が干し肉を食べた理由の一つでもある。

 サリアが勇者の学院のご飯を食べることができるなら、サリアの好意を素直に受け取りたい。

 干し肉には愛情がたっぷり詰まっているが、栄養はそうでもない。

 サリアは勇者の学院の栄養あるご飯をお腹いっぱい食べるべきだ。


「ほんと? しょくどうでたべれるの?」

「しかも、おかわりしてもいいらしい」

「すごい! おかわり!」

「ルンルンの分も食事をもらえるらしいから安心しなさい」

「わふぅ!」

 ルンルンは尻尾をビュンビュン振る。神獣にはとても見えない。

 俺の服の中では、フルフルがぷるぷるしている。


「フルフルの分ももらおうな」

「ぴぎっ」

「じゃあ、食堂に行こうか」

「いく!」

「わわふ!」

「ぴぎぴぎっ」


 そして、俺とサリア、ルンルン、フルフルは食堂へと向かった。

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