第12話 盤上の箱庭
霧発生と同日のことである。
一人の男子生徒が校舎裏の花壇近くでぶつぶつと呪文を唱えていた。その声は蠅のように小さいが、言霊に乗せられた激しい憎悪と嫉妬がその場所を別世界のようにしていた。
校舎の陰に覆われるこの場所は人が殆ど通らない裏の世界である。少年は光を失った目を隠すほどに伸びた髪から奇妙な音を立てると、草花を畏怖させるように歯ぎしりをして嗤いだす。
そして、荒い吐息のまま陰口を謂い始める。
しかし、能力を発動させた数秒後、彼の笑みは消え失せ、滑稽な表情になる。
明らかにさっきより暗い。気がつくと、さっきまでの空間とは異なる空間にいた。
周囲には色彩が拭い去られたモノクロの世界が延々と広がり、空には星も月も太陽もなく、黒く塗りつぶされた大地が退屈そうにしている。
いつの間にか視界のその中に男を捕らえた。この空間の管理者は、白黒の空間と一体化するような姿である。
死者のような冷たさ、静かに放つ狂気、場は男に支配された。
そして、男は確信したように問う。
顔は不可視で重く鋭い声からは感情が全く読み取れない。そんな重圧《プレッシャー
》が少年を包む。
「あなたは組織のものですね」
その瞬間少年の頭に雷が落ちるような衝撃が走った。
さっきまで威嚇をしていた少年は小動物のように萎縮した。
前に立っているのは全知全能の神よりも恐ろしき死神である。
死神はそれ以上声を発さず、畳み掛けるように指を鳴らした。
「ひぃ…」
少年が声を上げたときにはもう手遅れだった。断末魔さえ残すことなく彼は消失した。
一秒後、少年は闇の中へと呑み込まれた。
空間に喰われ、抹消された。
後にはぽつんと校章と添えられた紙が残されている。
男は「特定病原菌対策機構」と書かれた紙を眺めてから、校章に被せ、踏みつけるように亜空間へと葬る。
庭には何事も無かったかのようにそよ風が吹いている。静寂の中で着信音が鳴る。
時代遅れのガラケーを開き、「もしもし」と受け答える。
「奴も外れです。ただの下っ端でした」
相手の女はそれでも自信に満ちて言った。
「そうか…。まあいい。次の任務まで待機だ」
「了解。相変わらず人使いが荒いですね」
そういうと相手が返答もなしに切ってしまったため、男子生徒は携帯電話をポケットへとしまう。
彼は校舎の方向へと歩き出す。
その顔には不気味な笑顔が刻み込まれていた。
能力者《サイキッカー》の葛藤《コンフリクト》 四季島 佐倉 @conversation
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