第5話 後宮姫、国の事情を察する
「宦官の手引きもなく。特に火事のような騒ぎを起こして陽動作戦を立てるわけでもなく。たった一人で、セリム皇子を、あの牢獄から。窓の檻も警備も魔術の監視もすり抜けて」
「……あ」
カシワは魔術師の言わんとしていることを察した。
そして、なぜ軍人が表立って動かないかに思い当たる。
「私たちが逃げ出せたのは、外国勢力とつながっていると思ったの? 軍が動けば、それだけ隙を生むことになるから」
「そういうこと」
魔術師が肯定することで、カシワは理解した。
王宮は、
その第三者とは誰か? ――外国と繋がる間者ではないか。
王宮は海に接している。つまり、一番戦場になりやすい場所でもある。だからこそ、街は城塞で覆われている。
だが、もし第二皇子が逃げたとしたら。
皇帝は間違いなく、多くの軍力を割き、捜索に当たらせる。そうしたら王宮は手薄だ。その隙を狙って、外国の軍が襲ってくれば負ける。ただでさえ植民地は独立して財政難だ。特に歩兵軍はその影響をもろに食らって軍縮している。
カシワとセリムが逃げ出したのは、陽動作戦かもしれない、と考えるのは良く考えれば当然だ。
だから(何時もは働かない)王宮付きの魔術師が動いたのだ。
「私がセリムを連れて逃げたのは、超個人的な理由よ。戦争したいとか国を滅ぼそうとか考えてないわよ」
「けどねぇ。キミがその浅慮な行動をとることで、国を滅ぼしかねなかったんだよ」
「――一人が動いて滅びるんだったら、もうすでに滅んでいるわよ。こんな国」
カシワは吐き捨てた。
「兄弟同士の皇位継承争いを食い止めるために、兄弟全員殺したとか。
けどそれはよろしくないから、
だから頭がおかしい皇帝がついちゃうんじゃないの‼ 財政難なら女囲ってる暇ないでしょ! バカなの⁉ そもそも摘み取るぐらいだったらね、計画的に子供作りなさいよ!」
「おおう。魔術師とはいえ王宮付きに皇帝の悪口言っちゃってるよこの子……」
魔術師は軽く引いているが、カシワの怒りは収まらない。
「そりゃ病死って風で死んでる子多いけど、あそこで死ぬ子は大体毒殺されてるんだから! それが横行してるってことは管理不足ってことでしょ、財政難憂うぐらいだったら
カシワは怒りのまま袖から短剣を取り出す。
ラピスラズリが埋め込まれた、金と銀の柄。厄除けにと亡き母から渡された短剣は、魔術に効くかはわからないが、なんか効果ありそうだと思った。
「……それは」
魔術師の目が変わった。その時。
天井から音が聴こえた。
一つもずれがない音。地下まで響く音。
「……え?」
「……来たか」
魔術師が上を睨む。その表情は、若干焦りも見られた。――焦り?
「軍が動き出したようだね」
「はあ⁉ 何で⁉」
思わず敵に尋ねる。
「セリム皇子を取り込みたいのは、外国勢力だけじゃないってことさ。キミも皇帝の悪口たくさん言っていただろ?」
その言葉に、カシワははっとする。
カシワが考え付くことは、誰だって思いつくことだ。それは、不満も同じだけ持っているということ。それも、立場があるのならその不満や確執は深い。
だとするなら、この軍の足音は。
カシワは改めて目の前の男を見た。
そうだ、違和感を感じていた。確かにこの男は胡散臭い。
しかし、敵意がないのだ。
カシワはゆっくりと、持っていた短剣を下す。
「あなた、本当はわかっていたんじゃない? 外国勢力なんて絡んじゃいないってこと」
「確信はなかったけどね。まさかこんな女の子が私の魔術をかいくぐれるとも思えなかったし。……でもなあ、その答えも今なら納得できる」
さ、と魔術師は促した。
「こうなった以上、皇子を連れて早く逃げなさい。出るルート教えるから」
「……あなた、味方なの?」
「とりあえずセリム皇子の味方だよ。キミの意思にそぐえるかはわからないけどね」
■
井戸の縁に飛び移り、そこから地面に飛び降りる。
「……と、あんの魔術師、とんでもないルート教えたわね」
普通の女の子は出来ないわよ、とカシワはため息をつく。
魔術師の言う通り――というか頭に流れ込んできた地図を頼りに、カシワは宿に一番近い井戸から抜け出せられた。
そう。滑車の縄を頼りに登ったのである。
手渡された魔術道具を井戸に入っていた桶に入れて、もう片方の縄にしがみつく。そうすると魔術道具が錘になって、カシワの身体は浮かんだのだが……いかんせん、手に食い込んだ。
「ったく、魔術師なら空を飛ぶ道具ぐらい渡しなさいってのよね!」
手は少し痛むが、動かないわけじゃない。とにかくカシワは走り出した。
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