第6話


 ♠



「なんだよ、これ?」

「なんだよって、お弁当に決まってるじゃない」

「お弁当ってオマエ⋯⋯、頼んだ覚えはねえんだけど」

「むつみと、あたしの分を作るときに、ついでだからあんたの分も作って来たのよ。昨日も食べてなかったし、その前も食べてなかったから── 感謝しなさいよ」

「あ~、いや、ほら」

「なによ。いらないってんなら、別にいいんだけど」

 じーっと、人の顔を凝視してる宇都宮の瞳を見て、

「ありがとうございます。感謝して頂きます」

 仰々しく両手で拝んで、頭を下げた。


 ったく、コイツは。


「よろしい、心して食え」

 ふんぞり返って満面の笑みを浮かべてる宇都宮にむかって、

「はは~ッ」

 と、平服すると、前の席に座ってる高瀬がニヤニヤ顔でオレをつついた。


「夫婦で、なにやっとん?」


「誰が夫婦だ、ったく」


 包みを解いて、フタを開けると。

 真っ先に眼に入ったのは、大盛のご飯の真ん中に納まってる梅干し二つだった。




 あ~、今のオレに必要なのは、この梅干しの酸味だよ。




 と、思いつつおかずに眼をやると、ミニハンバーグに、ミニオムレツに、タコさんウィンナーと、鳥の唐揚げ。

 おいおい、肉多いな。

 あと野菜の煮物に、ブロッコリーとトマトのサラダか。

 お~、ニンジンが星型にカットされてるよ、星型に。

 芸が細かいぞ宇都宮。


「どう!?」


「どうって、まだ食ってねえだろ」

 まずは梅干しをひとつ。

 う~っ、酸っぱい。

 宇都宮んとこのおはぁちゃんが漬けた梅干しは、相変わらず容赦のない酸っぱさだ。

 あ~、でもお陰で胃に詰まった食い物がさがって、スペースが空いたぞ。

 すかさずミニハンバーグを一口。

 ごはんをかき込んで、一緒に噛みしめた。



 あ~、美味いな~、これ。



 宇都宮の手料理なんて、何年ぶりだっけ?

 相変わらず味付けが濃いけど。

 でも、上手くなってる。

 確実に料理の腕をあげてる。


「なあ、そんなに見られてたら食いにくいよ」


 じーっと、オレが食ってるとこを見てる宇都宮に声を掛けた。


「で、どう?」


「うまいよ、うまい。スッゲエうまい」

「ホント!!」

 胸の前で握り拳を作って、両手でガッツポーズ取ってるよ。

 なにが、そんなに嬉しいんだか。




「つむぎ~、お昼食べよ~う」




 教室の反対側で、鮫島あすかが手を振ってる。

「おら、鮫島も呼んでるから、お前も昼飯食えよ」

「え、あ、うん。そうね」

 ハンバーグの中に入ってるの、これニンジンだよな。

 星形にカットした切れっ端かな?

 オムレツには刻んだタマネギと、ブロッコリーの芯にチーズが入ってる。

 お~、チーズの塩気でご飯がススムぞ。

 唐揚げもニンニクとショウガが利いてて、これはスッゲエ手が込んでるよな。

 一晩漬け込んだのか宇都宮?


「あ、そうだ馬場」


「あ~ん? 弁当箱なら洗って返すよ」

「それは当然なんだけど」

 当然なのかよ。

「今日、委員会だから。六時間目が終わっても帰っちゃダメよ」



 ゲッ!!



 忘れてた。



「さては忘れてたわね。勝手に帰ったら承知しないんだからね」

 両手を腰にやってふんぞり返ったもんだから巨乳が強調されて、目の前でサンドイッチ食ってる高瀬の顔がニヤニヤしてる。


 お前は見んじゃねえよ。


 高瀬にアイアンクローをかましながらオレは言った。

「いや~、ほらバイトがさ~⋯⋯」

 ジーッとオレの顔を見詰めてる宇都宮の顔を見て、オレはため息混じりに言った。

「わ~ったよ。出るよ、出ますよ」

「よし、それでよろしい」

 なんだか嬉しそうに微笑んだ宇都宮を眼の端に置きながら、バイト先に電話入れなきゃな。

 なんて事を考えてた。


「なわや~、一個もわいに寄越よこさんと、一人で全部食べてもうたやん」

「つっつくな、喉元まで上がって来てんだからよ」


 あ~、苦しい。


 ぐったりと椅子に腰掛けたオレを仁王立ちで見下ろした宇都宮が、

「よしよし、全部残さず食べたわね。エラい、エラい」

 と、オレの弁当箱と箸を持って教室を出ようとした。

「あ、おい」

「ついでだから洗っとくわよ」


 そーはいくか。


 そんな事させたら、どんな噂が立つか分からんじゃないか。

 高瀬を見ると、とろけんばかりに顔が緩んでる。

 間違いなく、何か悪いことを考えてる。

「オレの分は、オレが洗うよ」

「そう?」

 洗面所に並んで弁当箱を洗いながら、オレは思い出したように話を切り出した。

「なあ。十月のどっかの休みにさ──」


 なに?


 なんでオレの顔をじっと見てんの!?


 飯粒でも付いてるか。


「十月の休みに、なに?」

「え、いや。むつみちゃんを連れてな」

「むつみ!?」

「そうむつみちゃん。──オレさ、いまちょっとしたアトラクションで悪役のバイトしてんだよ」



「それで!?」



 なに怒ってんだよ、急に。

 話しづらいな。

「そこの施設のひとつにさ、凄え良い場所があんのよ。古代遺跡みたいなレイアウトでな。そこがいま改装中で使われてないらしくて、今度仕事仲間とピクニックに行くことになったんだよ」

「そう、それで!?」

「それでって。ここまで言っても分かんねえかな? むつみちゃんも一緒にどうかなって誘ってんの」


「なんで、むつみだけ?」


「なんでって」


「そんなに良いとこなら、あたしたちだって行ってみたいわよね」


「うんうん」


 って、宇都宮の横で弁当箱をあらってる鮫島が相槌を打った。

「馬場くん、古代遺跡ってどんななの?」

「どんなって、そうだな。ペルーのなって言ったかな」

「空中庭園!!」

「そうそれ!! そんな感じの建物がズラーッと並んでて──」

「行ってみたいよね、つむぎ」

「だよね、あすか」


 なんか意気投合してる。


 オタクの鮫島と宇都宮が、なんでこんなにウマが合う分からんが、とにかくいっつも連んでるよな。

「と、いうことで馬場」

「あん」

「むつみと一緒に、あたしとあすかも行くからね」

「はぁ?」

「そーと決まれば、忙しくなるわね」

「今度の日曜日に、服を買いに行こうよ。古代遺跡巡りでしょ。動きやすい方がいいよね」

「うんうん」


 なんか勝手に話が進んでる。


「あ、いや、ほら、なあ⋯⋯」

 オレの手から特大の弁当箱を受け取った宇都宮が、ささっと拭いてランチクロスに包んだ。

「あんたも荷物持ちとしてつき合いなさいよね」

「いや、ほら、オレは──」


「なに?」


「はい」


 まったくヤレヤレだぜ。

 さっきは急に怒り出したかと思ったら、いまはもう、なんかウキウキしてる。

 本当に訳が分かんねえな。

 でも、ま、良いか。

 なんか喜んでるし。

 レッドは一ヶ月後って言ってたから、その頃にはフランマーチの花が咲いてる筈。

 きっと楽しいピクニックになる筈だ。

 って、勝手に連れて行くって決めたけど、部外者の連れ込みOKなのかな?


 ま、いっか。


 怒られたとしても、そんときゃ、そん時だ。

 


 ♠


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