第5話


 ♠



 学園のイスに深く腰掛けたオレは、深く、深~く、ため息をついた。



〈あぁ~⋯⋯、食い過ぎた、苦しい〉



 喉元まで上がって来る朝食を、必死に抑えながら四時間目までの授業を、なんとか乗り切った。

 今日は体育の授業がなくて、本当に良かった。

 と、本気で神に感謝した。

「どなしいたんパニやん。また朝メシ抜きかいな?」

「いんや、今日は食い過ぎて苦しいのよ」

 朝、一時間速く起きたオレは、学校に来る前に職場に寄って、社員食堂で朝飯を食って来たのだ。


 このリアルRPG。

 どうも二十四時間フル操業してるみたいで、そこで働いてる人も、三交代か、四交代でダンジョンキーパーを勤めてる。

 この仕事、本当に、リアルで、ガチな肉体労働で、一つのダンジョンを防衛を終えると、もう本当にクタクタになってベースに戻る事になる。

 あ、ベースって食堂の事ね。


 オレも、レッドも、フランチェスカも、もうクタクタで、まあフランチェスカの場合は、そーゆープログラムなんだろうけど。

 そんなクタクタになったオレたちを優しく出迎えてくれるのが、この二十四時間開いてる社会食堂ベースなのだ。

 とにかく、どんなに疲れてても、ここで飲み食いして、一休みさえすれば回復するんだから、本当ホントここってばダンジョンキーパーに取ってのオアシスだよな。


 当然の事だが、ここに勤めてるのはダンジョンキーパーだけじゃない。

 裏方のスタッフも含めると、相当な数の人間が常時何かしらの仕事に従事してる。

 数百人、もしくは数千人単位の人間が出入りをしてる社会食堂は規模もバカでかく、うちの学園の第一体育館三つ分ぐらいのスペースがある。


 この食堂、っていうか。

 施設全体にいえる事なんたけど。

 ディテールに、とことんこだわってんのな。

 飾りつけになんかは相当気合いが入ってて、この食堂も、ファンタジー映画に出て来る酒場みたいな作りになってたりする。

 客に見せる訳じゃないんだから、ここまでやんなくても良さそうなもんだけど。

 それをやってしまうのが、この会社の特徴なんだろうな。


 社員食堂も石畳を思わせる黒ずんだ固い床の上に、金属で補強された年季ねんきの入った木製の丸テーブルと、長テーブルがずらーっと並んでたりする。

 で、社員さん達は、好きな席に陣取って、飯を食ったり、お茶を飲んだり、お菓子を食って、おしゃべりをして、ダンジョンキーパーの仕事に向かったり、そのまま家に帰ったりしてる。

 中には、そのまま眠ってる人もいるんだけど、広いからか誰も気にせずに、そのまま寝かせてたりする。


 自由だよな。


 そしてだ。

 ここからが重要。

 ダンジョンキーパーであれは、オレのみたいバイト身分の者でも、ここで飯が食えるのだ。

 しかも、タダで。

 二十四時間。

 それもたらふく

 好きなだけ、何でも食えたりする。

 もう、本当に太っ腹。


 社長さんありがとう。


 メニューも豊富で、喫茶店のモーニングサービスみたいな軽食から、朝っぱらだというのに、かなりガチめな焼き肉定食まで食えたりする。

 なかには中華料理のフルコースみたいな豪勢な飯を食ってる人もいて、なんというか。

 実にバラエティーに富んでる。

 さらに凄い事に、ここでは酒が飲めたりする。


 嘘じゃねえよ。


 本当だって。


 水差しピッチャーみたいな特大のジョッキに注がれた黄金色の液体を、グビグビ飲んでるヒゲのおっさんがいたんだよ。

 嘘じゃないって。

 本当だって。

 初めて見た時ビックリしたから、はっきりと覚えてる。

 未成年だから飲んで確かめるって訳にもいかないけど、見た限り、アレは間違いなく本物のビールだった。

 で、食事を終えたそのおっさんは、別のテーブルに移って、そこで他の社員さん達とビールを片手にカードゲームに興じてんのよ。



 自由だね。



 本当に自由。



 だって他のテーブルじゃ、ボードゲームしたり、ダイスゲームしたりしてんだもん。

 良いのか悪いのか分かんないけど、本気でお金まで賭けてる人もいたりしてさ。 

 いったい、ここのモラルってどーなってんだ?

 ちょっと混ざりたい気持ちも無くはないんだが、恐いからやめといた。


 で、オレは、というと。

 ビーフなのか、ポークなのか、チキンなのか、なんの肉なのか分かんないステーキを食って学校来たって訳だ。

 朝っぱらからステーキなんか喰うなって?

 別にいいだろ。

 人の勝手さ。

 って、いうか美味そうに見えたんだよ。


 雪男なのか?


 狼男なのか!?


 よく分かんないキグルミを着た社員さんが、肉汁にくじゅう溢れるアツアツのお肉を、ワイルドに両手でがっつり掴んで、大きく開いた口に運んでんのな。

 たぶん、あんなかに顔があるんだと思うが。




 それが、ま~美味そうでさ~。



 で、思わずオレも頼んじゃった。

 その極厚ステーキをおかずに、山盛りのサラダと、どんぶり茶碗に注がれたスープに、お祖母ばあちゃんいわく昔話盛りのごはんを二膳にぜん

 それがオレの今日の朝飯のメニューって事になる。


「あ~苦しい」


 さすがに食い過ぎたかな。

 あのステーキ。

 何の肉だか分かんないんだけど、味は抜群に良いのよ。

 しかも、食うとパワーが出る気がする。

 以前レッドに、これ何の肉だって訊いた事があるんだけど。

「ああ、ドラゴンステーキだね」

 ってはぐらかされて、そのままになってる。


 いや確かにウロコ状に切り込みを入れた肉は、ドラゴンの皮膚ひふに見えなくもないんだけどね。

 それ商品名であって、何の肉かの説明になってねえよ。

「そんなに食ったん?」

「喰ったよ、喰った」

「もうお昼やのに、まだ満腹なん?」

「しょうがねえだろ。弁当がねえんだから。食える時に、食う。それがオレのライフスタイルなんだよ」

 に、しても食い過ぎたかな~。

 ドラゴンステーキが美味いからって、昔話盛りのごはんを二杯もお代わりすんじゃなかったな~。

 あ~、苦しい。

 胸元までメシが詰まってる。


「馬場ッ!!」

 終業のチャイムと同時に、宇都宮が駆け寄ってきた。

 コイツが、こんな風に声を掛けて来るときは、大抵ロクな事が起きないんだ。

「はい、これ」

「あ~ん?」

「あんた、またお昼ご飯ないんでしょ?」

 って、そっぽを向いた宇都宮から、大きめのランチクロスに包まれた、特大の弁当箱が差し出された。 



 ♠



 第六話につづく。



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