第4話


 ♠



「それで、なんだって」

「やっぱり聞いてない」

 聞くわきゃない。

 いまどきアニメキャラだってパンチラは貴重なんだ。

 それを生パンで、例えそれが立体映像で、ときどき顔がけて、ゾンビみたいになるとはいえ、そこそこ美少女な生パンツが拝めてんだ。

 くだらない話なんざ耳に入ってくるもんか。


「燃えてるわよ」



「ハァ?」



「燃えてるの~!!」


 急にドクロに姿を変えたフランチェスカが、どアップでオレに迫った。

「どわっ!!」

 と、尻餅をついたオレの目の前に立って何かを指差した。

 その先に⋯⋯。




「ああああああ!!」




 燃えてる。

 枯れ木に火が燃え移ってる。

 かつて街を彩ったであろう数十本の街路樹が、盛大に火の粉を散らしながら真っ赤に燃え上がってる。


「よく燃えてるな~」


 帽子の鍔の角度を変えながら、のん気な声でレッドが呟くと。


「燃えてるわね~」


 と、相づちを打ったフランチェスカが、轟々と燃えさかる炎の周りをくクルクルッと回転しながら、空中でダンスを踊ってる。

 なに考えてんの、この人たち。

 これがどんな緊急事態なのか理解してんの?

 ビルの中で、カラカラに乾いた枯れ木の山が音を立てて燃えてんだぞ。


「アル、水をんできてくれ」


 ひじょーに、のんびりとした口調でレッドが言った。

「水っ!? 水って!! なんでスプリンクラーが働いてないんだよ?」

「スプリンクラーって!?」

「ああああああ!! もう!! こんな時にまで!!」

「何言ってんのこいつ?」

「さあ? 時々訳が分からないことを言うんだ」



 訳が分かんないのは、あんたらだ!!



「それより水」

「だからスプリンクラー!!」

「それは良いから、はやく水を汲んできてくれ」

「水、水があるんだな。どこに?」

「この先だよ」

 と、レッドが指さした方にオレは走った。


 広い。


 想像以上に広いぞ、ここ。

 しかも、どこまでも石造りの建物が続いてる。

 前回の森のステージといい、本当に雑居ビルの中なのかと疑いたくなる広さだ。

 急に視界が開けた。

 途端。

 オレは唖然となった。




 水没してる。




 街が。




 キラキラと光る透明な水底に石造り家が沈み、その家のなかを水草が漂い、無数の魚が我が物顔で泳ぎ回ってる。

「なんだよ、これ⋯⋯」

 オレは幻でも見てるのかと思い水に手を浸けてみた。



 冷たい!!



 間違い無く本物の水だ。

 いったいぜんたい何がどーなってんだか。

 こんな大量の水を貯めるだけの設備が、この雑居ビルにあるってのか!?

 五十メートルプールどころの話じゃねえぞ。

 それこそ水族館並の水道設備がないと、こんな⋯⋯。

「アルなにしてる!!」

 遠くからレッドの声が聞こえた。

 ああ、そうだ。

 今は考える時じゃない、とにかく水を運ばなきゃ。

 って、バケツリレーで間に合うのかよ。



「バケツ、バケツ、どこだよバケツ!!」



 バケツが無え!!


 なんなんだよ!!


 スプリンクラーは動かねえ、バケツは無え!!




 防火設備どーなってんのよ!!




「な~にやってんのよ、あんたは」

 業を煮やした感じでフランチェスカがスッ飛んで来た。

「うっせえな、あっち行ってろ!!」

「なんですって~」

 ドクロ顔でアップになって迫って来やがった。



 あ~、あ~、も~、うっとうしいなコイツゥゥゥ──



「バケツどこだよ、バケツ!!」

「そこにあるじゃん」

 と、指差した先に木桶が転がっていた。

 砂埃すなぼこりをかぶり、カラッカラに乾燥した木桶きおけにタップリを水を汲んだオレは、大急ぎでレッドのもとに戻って、燃えさかる火に水をぶっかけようとした。

 その途端、


「待って」


 と、レッドがオレを止めた。

 桶に汲んだ水を掌にすくい、それを両手でを挟むと、印を組むように指を絡めて、やおらその細い喉から透明な声を発した。


「我が名はレッド、イアサント・マニャール・オリヴェタンの末代の子。木桶に宿る水神の子に御願い申し入れる。四海に注ぐ大河の一滴を、我に貸し与えたまえ。天に潤いを、大地に慈悲を、眼前にて荒ぶる炎の精には、癒しを与えたまえ」


 印を様々に組み換えながら呪文を唱えてる。

 何やってんだ、こんな時に⋯⋯。

 って、えっ!?

 その瞬間の事を、オレは忘れないと思う。

 それほど衝撃的な光景だったからだ。

 オレの汲んで来た木桶の水が、一瞬にして霧に変わり、まるで意志を持つかのよう中空を移動して、枯れ木を燃やす炎にまとわりついたのだ。



「スゲエ!!」



 あっ!!

 でも、ダメだ。

 炎の勢いが強すぎる。

 オレは考える前に木桶を抱えて走った。

 瞬間。





 ドォォォン





 と、いう重たい音と共に、大粒の雨が降り注いだ。

「なんだ、これ!?」

 全身濡れ鼠になったオレは、茫然ぼうぜんと空を見上げ、次いで朦々もうもうと白煙を上げる枯れ木に眼をやった。

 消えてる。

 この大量の雨粒が、一気に枯れ木に燃え移った火を消してしまった。

 なんだよ⋯⋯。

 スプリンクラー働いてんじゃん。

 っと思ったが。

 なんだか無性に腹が立って来た。


「どーゆー事だよ、これぁッ!!」


 準備万端に傘をさして、雨粒ひとつ掛かってないレッドに向かってオレは怒鳴った。

「下手すりゃ大惨事になってるぞ」

「何を怒ってるんだアル?」

「何を怒ってるって」

 キョト~ンとした眼でオレを見るレッドの顔を見てると、怒ってるオレの方がおかしいんじゃないかと思えてきた。

 いやいや、そんな訳がない。

 ここが、どんなに凄い設備でも、屋内で火を使うとか絶対に間違ってる。

 そうだオレは正しい。

 間違ってない。

 間違ってるのはレッドと、オレの頭上をふよふよと飛び回ってる、このガイコツ女だ。

 傘を畳んで水滴を払ったレッドか枯れ木の幹を触って、焼け焦げた樹皮を剥がした。

「うん、今年も良く焼けたね」


 今年?


 今年って、なに!?


 毎年、こんな事やってんのか!!


「うんうん。相変わらずレッドは手際がいいよね~」

 美少女に戻ったフランチェスカが、水溜まりの上でクルクルっと回ってる。

 フリルのついたスカートがふわっと広がって、なんだかスッゴいかわいい⋯⋯。

 って、そこじゃねえ。

「毎年? あんたたちゃ毎年こんな事やってんのか!?」

「ずぶ濡れだなアル。サメの姿だから似合ってはいるけど」

「いや、そんな事はどーでもいい。それより」

「それより?」

「こんな事を毎年やってんのか!?」

 どーなってんだよ、この会社!?

「そうか知らないんだな」

 知らない?

 知らないって何を!?


「フランマーチは、毎年、この時期に樹皮じゅひを焼かないと、新芽が出ないんだよ」

「はあ?」

「なによ、そんな事も知らないの?」

 小馬鹿にしたようなフランチェスカの顔がムカつく。

「仕方がないんたよフランチェスカ。アルはいままで隠れ里で暮らしてたから、色々と知らない事が多いんだ」

 隠れ里ってなんだよ。

 いつの間に、そんな設定が出来上がった!?

「ふ~ん、無知なのね」

 なんだと!!

「フランマーチってのは、この木の事だよな?」

「そうさ」

「焼かないと新芽が出ない?」

「これから十日もすれば、新しい葉っぱが生えてくるわよ」

 荷物をまとめたレッドが、そそくさと帰ろうとするのをオレは、止めた。


「枯れ葉を焼いたのは、なんの意味があるんだよ」

 ありゃどう考えても、この施設の演出だろう。

 それを全部勝手に焼くなんて、そんな事していいのか!?

「落ち葉は焼いて肥料にするのさ。ひと月後には見事な花を咲かせてくれる。その頃になったら、また来よう」

 なんだか凄くウキウキしてるのか見て取れる。

 フランチェスカもそうだ。

 オレの方がおかしいのか!?

 レッドに手を引かれながら、オレは目の前に現れたドアを潜ってVR空間を後にした。



 ♠



 第五話につづく。



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