第4話 死神に呪われた少女
荊はカウンターに向かった足でそのまま応接室へと通された。移動中に蘇芳から小さな声で「きみに直接、依頼したいって聞かなくて」と耳打ちされる。
応接室にはローテーブルと、それを挟むようにソファーが並んでいる。依頼人の席と請負人の席だ。請負人側に蘇芳と荊が座ると、その対面で潔白そうな女性は立ったまま頭を下げた。
「わたくし、ダニエラと申します」
九十度に曲げられた深いお辞儀に、蘇芳は慌てて立ち上がった。同じようにぺこりと頭を下げたが、まるで大人の真似をする子供のようである。
荊は蘇芳に遅れてゆっくりと立ち上がった。
「あたしは蘇芳。依頼の受付役と調整役を務めてまーす。よろしくね! こちら、ダニエラさんがご要望の当支部のメンバー、式上荊君だよ」
「式上荊と申します」
呼ばれて来たはいいものの、荊は状況が呑み込めていない。
そもそも、この女は何者なのか。
初対面で偏った見方をするのはよくないと思いつつも、アイリスの怯えようはどうにも気にかかる。
全員が自分の名前を告げ終わり、それぞれの席に座った。
ダニエラはソファーに浅く腰掛け、すっと背筋を伸ばしている。美しい姿勢だった。荊も使用人としての教えが身に染みていて、基本的には所作が綺麗だ。座る姿勢もそのうちである。
その二人を前に蘇芳もきちんとした姿勢を保とうと努めるが、長くは持ちそうにない。
「首都のギルドに腕利きがいると聞いて、ルマの街からここまで参りました」
「随分とまー遠くから!」
「それは大変に光栄です」
きろりと大きな目が荊を見つめる。
彼女にそんな気はないだろうが、どうにも不気味な目つきだった。感情のないような、無機質なもの。
ダニエラの雰囲気も独特だが、それよりも荊が気になったのは、彼女が来たという街の名前だった。どこかで聞いたことがある。
「わたくしはルマの街の領主様のお屋敷に仕えております。本日は旦那様の使いで参りました」
「ふーん。それで、どういったご依頼?」
「旦那様が保護したお嬢さんの体調が良くならないのです。きっと死神の呪いだと、真相を暴いて欲しいのです」
「んん?」
「……死神の呪い?」
「ルマの街からほど近い海に“死神に呪われた”といわれる孤島があるのです」
ここまで聞いて、荊と蘇芳は静かに息を呑んだ。特に荊は身に覚えのありすぎる話だ。
そうして、彼は街の名前をどこで聞いたかも思い出した。
『ここはユリルハルロ王国の端の端にあるルマの街からほど近い名前のない無人の孤島。……国の人からは“死神が住む呪われた島”って呼ばれてるんだって』
アイリスとの初対面、言葉も通じないあの時にネロを介して彼女から聞いたのだ。
「一ヶ月前に善意で死神の生贄となった少女がいました。しかし、個人の犠牲で平和を得ようなどと、そんなことは許されません。旦那様からの
話の発端に誤認があるが、続く言葉はここにいる誰しもが知っている。
それでも聞き手の二人はまるで初めて話を聞くような素振りで相槌を打った。
「生贄に手を出すなという言葉とともに、凍りついた姿で帰ってきたのです。あれは人間の所業ではありません」
悪魔の所業である。
「彼らは自らの危険を顧みず少女を助けに行ったというのに、その全員がギルドから追放され、今は行方不明なのです。何の罪もない勇気ある善意の若者たちが四人も」
ダニエラの発言に二人は驚きの声をもらす。
荊のそれは作り物であるが、蘇芳のそれは素だった。彼女の
「その頃から、保護しているお嬢さんも寝たきりになってしまいました」
蘇芳は困惑していた。ここまできたらもしや、という考えが頭を過っていたのだ。
荊率いる悪魔たちが犯人ではないか、と。
しかし、荊にはまったく思い当たる節はない。この件については言いがかりもいいところだった。
「すべては死神の呪いなのです!!」
ダニエラは能面のような顔のままで声を張り上げた。
語りは突然に壮大なフィナーレを迎え、荊と蘇芳は顔を見合わせる。
話は分かったが、これは一体どういうことか。この女は死神の呪いを死神本人に解いてくれと願い出たのだ。かけた覚えのない呪いを。
「どうか、お嬢さんを助けてください」
ダニエラはかっちりと頭を下げた。額が膝に当たるほど深いお辞儀だ。
下げたまま戻ってこない頭を見つめながら、蘇芳は「うーん」と悩ましげに声を上げた。
「依頼内容は分かったけど、すぐには返事をできないな」
「……何故ですか?」
ダニエラは懇願の姿勢のまま、自分の膝に息を吹きかけるようにして尋ねた。
「ダニエラさんが話を聞きつけたように、彼、優秀だからさぁ。抱えている依頼がいっぱいなんだよね」
荊は本当か嘘か分からない蘇芳の言葉にすっと目を細める。
お金を稼いでいるのは本当のことなので、仕事を回してもらえるのは有難い。しかし、手のかかる依頼ばかりを押し付けられている気はしていた。
ギルドの調整役の遠回しに猶予をくれという物言いに、微動だにしていなかったダニエラがばっと顔を上げる。大きな目を零れ落としそうなほどに見開き、きろきろと小刻みに眼球を動かして蘇芳を射抜いた。
「お願いします! お願いします! 式上様でなければならないのです!!」
これは怒声だ。
血走らせた目を瞬きもせずに、呼吸をするのも煩わしいと同じ言葉を繰り返す。まるで同じ時間を巻き戻し続けているかのようで不気味だった。
あまりの勢いに蘇芳も気圧されたようで、どうしようかと荊へ視線を向けた。ここまで強烈な名指しもそうそうないだろう。
「そこまで言っていただけるならば、調整をしてこちらから返事を致します」
にこり、張り付けた愛想笑いで応じた。
「是非ともよろしくお願い致します!!」
それだけ言うと、ダニエラは言葉が返されぬうちにという様子で応接室から出て行った。すべての動作が素早い。すすすと撤退する静かな足音には先ほどまでの熱量は感じられなかった。
残された二人は呆然と彼女の背中を見送るしかできなかった。
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