第32話 貴方の正体は?

 ギルドが本日の営業を終了した後に話を、と蘇芳は言っていたが、結局それはアイリスの仕事が終わることとイコールであった。

 休憩時間が終わり、二人が仕事に戻ると荊は暇になる。


 アイリスとネロが仕事をしている間に遊び惚けるのも、と思いながらも、荊は街へと繰り出していた。

 一仕事を終えての感想は”知らないことが多すぎる”である。少しでもこの世界のことを見てみたかった。


 やはり、目を引くものは魔人だ。

 魔人というくらいであるから、もちろん人型の生き物であるが、魔物と人間の配合割合は多種多様である。首から下は人間であるのに首に乗っているのが鳥の頭だったり、ほとんど人であるのに爪だけは獅子のそれであったり。


 荊は伝えられていた時間よりも少し遅れてギルドへ戻った。

 ギルドの扉には営業終了を伝える看板がぶら下がっている。その看板が下がっていたところで荊は雰囲気で意味を汲み取ることしかできないのだが。

 鍵のかかっていない扉が荊を受け入れる。


「戻りました」

「おっかえりー! 遅かったねー」


 談話スペースに蘇芳とセクターが並んで座っていた。四人掛けのテーブルの一方を二人が埋めており、その対面が空いている。促されずともどこに座ればいいか一目瞭然だ。

 採用面接の合否発表みたいなもののはずなのだが空気感は緩かった。


「アイリスはどうしたんですか?」

「お着換え中だよ」


 ふざけた制服を思い出し、荊は渋い顔をする。

 似合う似合わないはさておき、機能性と品性に欠けている。せめてもっとスカートの丈を長くして欲しい、と考え、いつの間にか保護者目線が定着していることに愕然とした。

 裏社会の闇であった自分が女の子のスカートでやきもきするなんて、と。


「荊君、今日は本当にありがとうございました」

「いえ、こちらこそです。思い返すと、俺は余計なことばかりした気がします」

「えー、そんなことないよ。あたしは荊君はいい仕事したと思うなー」

「だといいですけど」

「あのジジイ、いーっつもギルドに難癖付けてきてさあ! 生きた魔物を連れてこられて焦った顔見たかったなぁ!」


 悪戯っ子のように笑う蘇芳の言う”いい仕事”は、荊の思うものとずれがあった。彼女の判断は荊の摩訶不思議な御業ではなく、横柄な騎士の鼻を明かしたことに由来しているようだ。

 セクターも口を揃えて「そうですとも、実に痛快でした」と言い出したのだから、ギルドと騎士団の溝は深い。


「……騎士団と比べて、ギルドの方が魔物慣れしているんですね」


 率直な今日の感想である。

 こうやって冗談の内に魔物の存在を口にする余裕さは騎士団の面々には見られなかった。唯一、ラドファルールは例外だったが、あの男を基準値にするつもりは荊にはない。


「ええ、それで間違いありませんとも。魔物退治だとか生態調査はほとんどギルドの仕事ですからな」

「? 治安維持が騎士団の仕事で、魔物関連はそのうちに含まれると思っていたのですが」

「まあ、しないことはないけどね。でも、騎士団の仕事は基本的に国民の安全確保が最優先だから! 魔物出現地域の立ち入り禁止指定とか、ご近所さんのいざこざの仲介とか、犯罪者の取り締まりが主な仕事かなぁ」


 説明していて偏った言い方をしたと思った蘇芳は「もちろん、それも必要な仕事だよ!」と慌てて弁明を追加した。

 騎士団の仕事を下に見ているようなことはないのだ、といった具合だが、もしかして本当はそう思っているのでは、と勘繰りたくなるほどにつらつらと騎士団を褒める言葉を重ねる。


「役割の分担があるからこそ、ギルドと騎士団でもっと連携が取れればいいのですが」


 ――あの隊長さんじゃあ上手くいかないだろうな。

 今日、現状を把握した荊にだってそう言い切れる。

 この二人はどちらかと言えば騎士団に友好的であるが、ギルドにも騎士団を毛嫌いしている人間はいるだろう。騎士団関連の仕事を蘇芳がと称していた意味が分かる。


「すみません! お待たせしました!!」

「にゃにゃにゃ!」


 急いできたのだろう。アイリスは裏手に続く扉から出てくると、ぼさぼさの髪を手櫛で直しながら荊の隣に収まった。

 ネロは最初こそアイリスの肩に収まっていたが、安定しなかったのか、すぐに荊の方へと飛び移る。首を絞める飾から解放されてご機嫌だ。


 蘇芳は「こほん」とわざとらしく咳払いをして見せた。


「では改めまして、あたしはこのギルドのギルドサブマスター、蘇芳です。そして、こちらがギルドマスターのセクター・ミルズ」

「えっ、え!? 蘇芳ちゃ、――え!?」


 慌てだしたアイリスを見て、荊はこの集まりについてきちんと説明をしていないことに気づいた。前もってできることもないと思っていたが、彼女には心の準備が必要だったかもしれない。

 荊は「セクターさん。こちらアイリスです」とこの四人のうちで初対面の関係にだけ言及した。アイリスはつられて「アイリスです、よろしくお願いします」と頭を下げる。未だに頭の上の疑問符は浮かんだままだ。


「ちぇー、荊君ってばドライー。アイリスちゃんは満点なのに」


 驚きもしなければ、これといった感想も述べない荊に、蘇芳はつまらなそうに頬を膨らませた。


 蘇芳がそれなりの権限を持っていそうなのは察していたし、ギルドマスターが誰かなど特に気にしていなかった。知らない顔がセクターの席に座っていたとして、荊は同じ反応をしたに違いない。

 セクターで良かった点があるとすれば、自己紹介の手間がないことだった。


「それで俺は信頼関係を築くことはできたんでしょうか」


 セクターと蘇芳は同時に頷いた。

 

「荊君の実力は疑う余地もないですとも」

「でもまあ、聞きたいことがあるのも事実なんだよねえ」


 ――まあ、そうだよな。

 ギルド側の言い分は当然のものだ。

 荊の腕の良さは認めるところであるが、ギルドからすれば彼の人となりがあまりにも不透明だ。


「突然手元に出てくる鎌も、魔物を支配下にした技も、アイリスちゃんにかけた氷像の魔法も。どうやったの? 君が人間なのは分かるんだ。でも、その力は人間のものだとは思えない」


 どれも悪魔使いとして悪魔の力を行使した結果である。

 異世界、悪魔、悪魔使い。事実だとしても、そんなことを言ったところで伝わるとは思えない。


「俺は死神ですから」


 荊は堂々と言い切った。

 しかし、荊だってこれで済まない話なのは分かっている。

 にこりと綺麗な笑顔を浮かべると「これ以上の説明が必要ならアイリスから聞いてください」と続けた。


「え!?」


 突然に名前を出されたアイリスは寝耳に水と飛び上がった。


「俺の命はアイリスのものです。彼女が語るというなら俺は止めません」

「い、荊さん!?」


 身内の裏切りのような追撃である。

 荊からアイリスへ、仰々しい表現で渡されたバトンは彼女には思ってもみないものだった。

 アイリスは急に自分の肩が重くなったような気がした。荊の秘密は重大なものだ。たやすく人に話せることではない。

 しかし、彼女は彼がギルドの面々に疑わしく思われている現状で黙るのも嫌だった。


「アイリス。君が信じるものを俺も信じるよ」


 蘇芳たちに向けたものとは違う笑顔。優しげに目尻を下げた笑みにアイリスは心を震わせた。

 荊にとってアイリスが特別なように、アイリスにとって荊も特別である。


 アイリスは蘇芳とセクターを見据えた。


「荊さんは、私の命の恩人です」


 芯のある声。


「言葉も通じない私を、彼を怖がった私を、二度も助けてくれて――、とても強くて、とても優しい人です」


 荊とアイリスの出会いは偶然だ。

 アイリスが暴漢から助けられたことも、荊の首輪が外されたことも、偶然の先の奇跡である。お互いにお互いを助ける力があった。

 だから、荊もアイリスもこうして生きている。


「荊さんは異世界から来た悪魔使いです」


 アイリスの言葉は酷く滑稽に聞こえた。

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