第28話 ギルドと騎士団

 騎士団の事務所が街のはずれにあって良かった、とセクターは初めて思った。

 幌馬車と並走する魔物の異常さ。下手をすれば御者である自分にスレイヴの疑いがかけられるのでは、と不安になる。


「この跳ね橋の先が騎士団の事務所本部ですとも」


 すでに見えていた建物の影はすぐ目の前だ。


「セクターさん。ずっと聞こえていますがこの警鐘は? これは聞こえていますよね?」


 この建物が見えてきた頃から、ずっと鐘が鳴り響いていた。甲高い音は警報でしかなく、跳ね橋の先まで来た今となっては酷い騒音だ。


「私も初めて聞きました。何かあったんでしょうか」


 跳ね橋に踏み入ろうとした時、唐突に警報が止む。急に消えた音にまだ耳の奥が震えているようだ。


 騎士団の事務所と聞いていたが、そこは城と言っても差し支えない建物だ。

 石造りの高い壁は城壁のように敷地を囲っている。同じく石造りの建物の先だけが壁の向こうに見えていた。建物の頂点、揺らめく旗には騎士団の紋章が掲げられている。

 城壁の周りは堀に囲われており、跳ね橋の先には鉄格子のおろされた入り口があった。

 馬たちと魔物とが跳ね橋の前に足並みを揃える。


「セクター!! 一体どういうつもりだ!?」


 待っていたかのようなタイミングで怒号が飛んでくる。

 声の主は跳ね橋の向こうの鉄格子のさらに向こうに立っていた。

 白い制服を着た中年の男。セクターと同年代に見える騎士の男は顔を真っ赤にして怒っている。跳ね橋の分の距離があっても分かるほどだ。


「輸送中にこの魔物に襲われたんです! この魔物も騎士団への引き渡し対象でしょうとも!」


 セクターは声を張って返事をした。

 荊が「近寄ればよいのでは」と小さく首を傾げると、セクターは「跳ね橋に入るにも許可がいるのです」と答えた。


「魔物を生きたまま連れてくるなんて!! それも拘束もなしに!!」

「拘束ついては人型用の拘束具しか用意していなかったこちらの不手際だ! 申し訳ない!」

「ギルドは騎士団を冒涜している!!」


 荊は不思議だった。

 男の言口は騎士として正しいものに思えなかった。魔物を拘束していないことは悪いのかもしれない。拘束具を用意していなかったのも不備かもしれない。

 しかし、それによって、騎士団の何が貶められたというのか。

 穿った見方をしたとして、騎士団ならば生きたままの魔物を拘束なしで引き渡しても問題がない力がある、と判断したことになるのでは。


 そうして、ここに来るまでにセクターから聞いたギルドと騎士団の対立について少しだけ考えを改めた。

 思いのほか、騎士団側の言い分がぶっ飛んでいたからだ。


「魔物について騎士団としては生死問わず、ただし、生け捕りを優先して希望なのでは? それに冒涜していると判断した根拠は何なんです?」


 何と答えるべきか考えているセクターを残し、荊は馬車を降りた。馬車の前、跳ね橋に入らないぎりぎりに立つ。


「あぁ!? なんだ貴様は!?」

「荊君!?」

「失礼。わたくしは式上荊、ギルドの者です。今回の輸送の護衛係を務めています」


 荊は片手を胸元に恭しくお辞儀をして見せた。すると、そうするべきとばかりに馬たちも魔物もこうべを垂れる。


 騎士はぎょっと目を剥いた。

 どう見たって魔物も動物も荊に対して敬意を払っている。彼らにそんな知性があるのか、荊の手品ならばどんな仕掛けがあるのか。目前の光景の意味が分からない、と男は目を白黒させる。

 襲われているわけでもないのに、離れた鉄格子の向こうで怯える様はどうにも情けなかった。


「ご所望ならば、ここで彼を殺すことも承りましょう。ただし、きちんと生け捕り分のチップはいただきますよ」

「あァ!?」

「生きたままが怖いなら、最初から殺して連れてこいと言い付けてくださればよかったのに」


 荊は鼻につく笑顔を浮かべて、さも良かれと思って言っていますよ、という風である。


「ふざけるな!! 妄想ごとばかりを言いおって!! 高貴なるこの地を魔物の血で汚せと言うのか!!」

「おかしなことをおっしゃいますね。生け捕りにした魔物をペットにでもするつもりだったのですか?」


 もはや能動的に煽っていた。

 高圧的な態度と独善的な理論でものを語る様が目に余る。ああいえばこういう、で返ってくる騎士からの答えがお門違いすぎるのだ。


「その制服の白は悪の血で染めるための色では?」

「無礼者め!! ならば貴様の血で――」


 続く言葉はかき消された。

 跳ね橋の先からの敵意に誰よりも早く反応したのは、今や荊に服従する牡牛の形をした魔物だった。

 雄叫びを上げ、両の前足を踏み鳴らす。堀の水面に波紋が生まれた。

 今にも飛び出していこう、あの男を殺そうという勢いに、騎士の男とセクターのいる各々の場所から騒音が響いた。

 二人ともよっぽど驚いたようで、しっかりと魔物を見つめながらも及び腰である。


 魔物の目、厚い膜に覆われた黄色の虹彩に沈んだ瞳孔がくわっと開いた。じっと見つめる先は荊で、彼の許可を待っているようである。


「契約もしていないんだから、そんなに律儀にしなくていいよ」


 荊がそう言うと魔物は素直に引き下がった。魔物の聞き分けの良さが傍観者たちには一際不気味に映る。


「隊長、それくらいにしといたらどうですか」


 一触即発、いや、既に爆発が起こっている中に介してきたのは制服を着崩した優男だった。やせ型で足の長い男はたれた目をいやらしく細める。

 緩い癖のある短い黒髪をがしがしとかきながら、間延びした声で「あんましギルドと揉めると団長に叱られますよ~?」と他人事のようにのたまう。


 隊長と呼ばれた男は盛大に舌打ちをすると、優男に「後はやっておけ!」と喚きちらした。どすどすと怒り任せに歩く背を見て、任務を言いつかった彼は「はい、了解でーす」と気の抜けた返事をした。

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