第27話 付き従える者
荊は静かに鎌を引き戻した。
「殺さないよ」
――俺は、ね。
仕事を任せてくれた蘇芳は、襲撃者を生きたまま騎士団へ引き渡すことをご所望だ。その意向は尊重するつもりである。
しかし、ここを生き永らえたところで、結局はスレイヴに呼ばれて来た魔物。きっといい未来は待っていないだろう。
「おとなしくついて来てくれる?」
魔物はずりずりと額を地面にこすりつけている。怯えきった態度。関係性の上下が確立していた。
荊は瞳に宿っていた殺意を消し、大鎌も手放した。これ以上は不要な威嚇だ。
逃げるために先を行っていた馬車が戻ってくる。
ヘクターは驚愕に染まった顔だった。荊とひれ伏す魔物を見て、ぽっかりと大口を開いている。
「魔物を手懐けるなんて芸当……、まるで魔王の……」
荊は苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。どうにも勇者と魔王の話は体に合わないらしい。
「変なこと言わないでください。俺は人間ですからね」
きつめの口調でそう注意するとセクターは「え、ええ」と腰の抜けた返事をした。どうやら、荊の威圧は魔物意外にも効いているようだ。
馬車を牽く二頭の馬たちも心なしかおとなしい。
「この彼も騎士団に引き渡す、でいいんですよね?」
「そう、なりますとも。ただ、どうやって運ぶか……」
馬車より大きな身体だ。馬車で運ぶには物理的に無理がある。
荊の契約する悪魔を使えばたやすいが、ここで悪魔を出すと魔物扱いされることは避けられない。荊は頭を振った。
「悪いけど君は馬車には乗らないから、並走してくれる?」
酷な提案だ。死にゆく道を自らの足で歩けと言うのだから。
しかし、鶴の一声でもあった。魔物はのそのそと歩き出し、馬車の隣に並ぶとぴたりと止まる。
「……一体、どういう御業をお持ちで?」
「内緒です」
「スカーレットとは? どこからか手にしていた大鎌は何なのです?」
セクターは目の前の青年が何者なのか分からなくなった。
最初は“同僚の蘇芳が推薦してきた腕の立つ謎の男”だったが、今は“未知の力を使い魔物を飼いならす神秘の男”である。その力はにわかには信じられない。しかし、自分の目で確認をしてしまっている。
横を向けば未曾有の青年。逆を向けば躾のなっている魔物。
セクターの頭は混迷を極めていた。
荊はセクターの動揺に見向きもせず、御者席に座って半身で後ろに振り返る。するりと
囚われの女は感情の分からない顔でこちらを見やった。脱走に失敗した悔しさは浮かんでいない。ただ真っ黒の瞳に荊を映している。
「次に魔物を呼び寄せるようなら、魔物同士で殺し合わせるし、その口を焼き塞ぐ。よく考えてから行動してね」
返事はない。
しかし、もう魔物を呼び寄せることもしないだろう。今は彼女を見張るための監視員がいる。
荊はスレイヴの女の目の前に浮かぶ小さな赤い光に目を向けた。手のひらに乗るくらいの大きさのそれは、透明の六枚羽をつけた女の小人――悪魔、スカーレットである。
淡い光をまとう姿は妖精という方がしっくりくる。
赤い髪はツインテールに結われ、同じく赤い目は荊と目が合うと嬉しそうに細められた。
荊が手を上げれば、妖精少女はぴっと美しい角度で敬礼をする。
荊は罪人の女とスカーレットを隠すと、未だに頭を抱えるセクターに声をかけた。
「どうしてスレイヴの口を拘束していないんですか?」
「スレイヴは言葉を扱わんのです」
「……セクターさんには聞こえなかったかもしれませんが、魔物を呼んでいたのは彼女の声です。次からは口を塞ぐことをおすすめします」
セクターは何の反論もせずに「ご忠告、感謝致します」と素直に受け入れた。
検証もしなければと思いつつも、彼が言うのだからそうなのだろうという信頼があった。
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