第23話 剣と魔法と勇者と魔王と
出戻ったネロとベッドで諭されていたアイリスは、宿の年季が入った床に並んで座らされた。座り心地なんてあったもんじゃないがそんな不満は口が裂けても言えない。
「俺が言いたいことは分かるよね」
それが説教開始の合図だった。
まるで抑揚のない声がこんこんと彼女らの悪い点を述べる。そのどれもが荊が気分を害したとかの利己的な注意ではなくて、本人のためにならないからというお叱りであるから余計に反抗がしにくい。
結局、アイリスもネロも説教が終わるまでに発した言葉は「はい」と「ごめんなさい」の二つだけだった。
ようやく床板とお別れをし、アイリスとネロはベッドに腰を下ろした。ふかふかは偉大だと身にしみる。
ベッド、シーツ、ときて、アイリスはついさっきにベッドの上で叱られたことを思い出し、悪戯された耳を抑えた。今でも熱のある感触が残っている。
「そういえば、アイリスに聞きたいことがあって」
「な、ななな、なんでしょう」
改めて切り出した荊に対して、アイリスは挙動不審でしかない。しかし、荊もネロもその理由は分かったうえで無視をした。
「蘇芳ちゃんみたいな頭に角が生えてる人たちってよくいるの?」
「え? ――うーん、確かに鬼の角を持った方は珍しいですね、私も初めて見ました。極東に住む一族だと聞いたことがあります」
「やっぱり鬼なの? あの角って。街に獣耳の人とかもいたけどあれは?」
アイリスは荊の言い分にきょとんとした。どうも、話が噛み合っている気がしない。
「あの、“魔人”はご存知ですか?」
「ご存知じゃない」
即答した荊と同じく、ネロも「ご存知じゃなーい」と間延びした返事をした。
アイリスは大きな目を見開き、素直に驚いた表情を浮かべている。察するに魔人がこの世界の常識であることは間違いないらしい。
「魔人っていうのは人間と魔物の混血です。今でこそ魔王を筆頭に魔物たちが世界征服をするって人間や魔人と対立してますが、大昔は平和だったんだそうですよ」
荊は頭の上にたくさんの疑問符を浮かべていた。
裏社会で生きてきたことは誇ることではないが、イレギュラーに対する経験は豊富であることを自負している。であるのに、今のアイリスの説明は噛んでも飲めなかった。
「魔王討伐に旅立った勇者様もいますし。またすぐに世界に平和が訪れます、きっと」
「魔王討伐の勇者? 魔王が世界征服? 本気で言ってる?」
荊は早口でまくし立てた。アイリスが嘘をついていない様子なのが逆に不安を煽る。
「荊さんたちの世界にはいなかったんですか?」
「俺の知る限りはどれもいないと思うけど」
「えっ!? 悪魔がいるのにですか!?」
「ボクはそもそも魔界の出身だもの」
世界が異なれば歴史と文化も違うことがようやく身にしみた。あの孤島に引き篭もっていたのでは気づけなかったことだ。
世界を飛ばされたというより、絵本の中に飛び込んでしまったようだと思う。
魔王も勇者も荊の関することではないが、魔物という存在が人間・魔人と対立しているという事実が気にかかった。
もしも魔物が無差別に人間を襲うなら、生活していくうえで脅威になり得る。
「ねえねえ! 魔王も勇者もいるなら、魔法使いとかドラゴンもいる?」
「……魔法使いもドラゴンもいないんですか?」
「そんなびっくり仰天みたいな顔されてもいないよ。もしかしたらいるかもしれないけど、基本的には空想上の生物」
「そんな」
荊たちよりもアイリスの方が強くカルチャーショックを受けていた。こぼれ落としそうなくらいに目を丸くし、ぽかりと開けた口は手で隠しきれていない。
彼女は驚愕のままに「死神を名乗る悪魔使いの方がよっぽどいませんよ」と呟いた。
それは元の世界でもそうだ。
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