第20話 世間話は思わぬ事実を知らす

「荊君とアイリスちゃんだね。改めてよろしくー!」


 アイリスの手元にある書類から名前を確認し、蘇芳はにこにこと楽しげに改まって挨拶をした。荊とアイリスもよろしくと返す。先ほどのひと悶着などなかったことである。

 記入漏れがないかを確認していた蘇芳は、書類に空欄を見つけてこてんと首を傾げた。


「荊君、苗字は?」

「え?」

「あ! 私、荊さんの苗字を知らなくて」

「ああ、そういえば言ってなかったかも。式上しきがみだよ。式上荊」


 荊はさもないように今更の自己紹介をする。そういえば、アイリスの苗字も知らないな、と書類を覗き見たが彼には当然に読めなかった。

 ふと、視線を感じて顔を向ければ、蘇芳が丸い目をさらに丸くして荊を見つめている。驚愕と歓喜。


「何ですか?」

「もしかして、荊君って大日本帝国の生まれ?」


 ――大日本帝国?


 荊の目も丸くなる。聞き覚えのある名称だ。前時代のものであるのは気になるところだが。

 この異界にも日本、もしくはそれに類似した国があるというのか。荊は驚きを押し殺して「どうでしょう。小さい頃から転々としてるから、生まれなんて気にしたことなかった」と嘘をついた。


「そうなの? なんだあ、同郷かと思ったのに」


 蘇芳が大日本帝国生まれだ知ると、アイリスは「ひゃあ、遠くの国の生まれなんですね」とのんびりと驚いていた。彼女だけはのんきである。


「荊君の仕事はそれとして、アイリスちゃんのお仕事どうする?」


 そういえば、と切り出した蘇芳に、荊とアイリスは顔を見合わせた。荊は少しだけ食い気味で「一番危険度が低いのはなんですか?」と尋ねる。

 アイリスが無謀なことを言い出したり、自分と同じ仕事をすると言い出す前に制してしまいたかった。


「うーん、それなら薬草集めかな。子どもたちにも請けられる安全な仕事だし」

「じゃあそれで。明日からお願いします」

「おっけー。じゃあ、荊君はさっき説明したとおりだから明日はよろしくね。アイリスちゃんも!」

「ええ、また明日」

「え? え?」


 アイリスがきょろきょろとしているうちに、とんとん拍子で話が進んでいく。口を挟む隙がない。

 蘇芳は「ちょっと待ってね」とその場から離れると、すぐに戻ってきて膨らんだ麻袋を二人へと突き出した。じゃらり、と重量のある音がする。


「これ、届け出てくれた拾得物の支払いだよ。ありがとうございました。あなたちの善意に感謝します」

「いえ、こちらこそ。ありがとうございます。それでは今日はこれで失礼しますね」

「はいはーい。またねー!」


 荊は呆然としたアイリスの背中を押して出口へ急かす。明日の仕事について知られると面倒だった。きっと、彼女は荊が危険なことをするのを良しとしない。

 たむろするギルドメンバーから変わらずにもの言いたげな視線を受け、二人と一匹はギルドを後にした。

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