第19話 喧嘩の相手は選ぶべき

 手土産を持ってきた成果は出した。請け負った仕事が今後どう作用するかは明日の出来次第。お楽しみである。

 応接室を出た瞬間、荊は既視感に襲われた。もはや、呆れを通り越して感心する。

 ――これもお家芸といえるのだろうか。


「荊さん……っ」


 歯をむき出しに威嚇するネロを膝に抱え、アイリスは困ったように眉を下げていた。その隣では屈強な男がにたにたと黄色い歯を見せて笑っている。


「おっ、兄ちゃん、賄賂はうまくいったのかァ?」


 下品で耳障りな笑い声。男の笑声を皮切りに、離れたところでたむろっていた他のメンバーたちは堪えるようにして笑い出したのが半分、我関せずと目を逸らすのが半分。歓迎されていないことは確かだ。

 荊がちらりと横目で蘇芳に彼らの無礼を訴えても、彼女は肩をすくめるだけだった。ギルド側に害がないかぎり、肩入れはしないスタンスなのかもしれない。


「彼女にどんな用事ですか?」

「実力もない口先だけの男についていくこたぁねぇって、教えてやってたんだよ!」

「それはご親切にどうも」


 嫌味を聞き流せば、ご機嫌だった男の顔が陰る。

 対して、荊を見つけるやいなや、アイリスは分かりやすく安堵していた。もう助かった気でいるようだ。

 そんな彼女の仕草も気に入らなかったのか、男は華奢な肩を自分の方へと引き寄せる。アイリスの口から小さな悲鳴が上がった。


「にゃあ!」


 一触即発――、我慢の限界がきたネロが爆発寸前である。

 そのまま経過を見守ってもいいが、荊はするりと手を伸ばして、何もないところから大鎌を手にした。不躾な男の喉を噛み千切ろう、とばかりに飛び出した猫を刃の上に乗せて拾う。

 邪魔をされたネロはむっとした様子で荊を一瞥し、鎌の柄を歩いて彼の肩の上へと収まった。


「すみませんね。うちの猫、好戦的なんです」


 だらりと男の腕がアイリスの肩から落ちる。拘束がなくなると、アイリスは飛び上がるように荊の後ろに身を隠した。

 少女が手元に戻っても、荊は大鎌を突き出したまま。柄をくるりと反転させれば、刃が男の方へと向く。


「いい子だね、アイリス。実力もない口先だけの男についていかなかった。えらいえらい」


 男の顔が怒りに染まる。一瞬で沸点に達したのがひと目で分かった。しかし、彼は怒りに震えるだけで動こうとしない。

 荊はためらいなく鎌を振るう、という判断が男をはりつけにしていた。彼は花をたおるように人の首も刎ね飛ばすと、息をするように殺しをすると、静かな殺意が教えてくれている。

 この場でそれを分かっていないのはアイリスだけだ。


 男だけではない。ここにいる誰かがちょっとでも動けば首が落ちるのでは、という緊張感に張り詰めていた。いつの間にか、笑い声は聞こえなくなっている。


 荊は怪しく目を細め、蘇芳へと視線を向けた。単純に力の誇示である。これくらいはできるから、稼げる仕事を寄越せという主張だ。

 蘇芳はこの時に初めて、あの首を落としたのがこの男で、それも至極簡単に切り落としたであろうことを確信した。


「驚いた! すごいことができるんだね!!」

「恐縮です」


 蘇芳は率先してこの嫌な空気を壊した。このまま仲介をせずにいたら、飛び散った血の掃除をすることになると思ったのだ。そんなのは面倒すぎる。

 荊は鎌を手放すと、恭しくお辞儀をした。


 男はばたばたと荒れた足音を立ててギルドから出ていく。それに目をくれるのは、たむろっているギルドメンバーたちだけだ。あるものは蔑みを、あるものは嘲笑を、あるものは同情を。


「ごめんね、アイリス。一人にしちゃって」


 荊はアイリスにネロを抱えさせ、もともと座っていた椅子へとエスコートした。自分も隣に座り、読めない文字で書かれた書類に目を通す。

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