第18話 信用を得るのは一筋縄ではいかない

 カウンターの横にある扉は応接室への入り口で、蘇芳は荊だけをそこに通した。荊はネロに視線だけでアイリスの世話を指示し、閉ざされた部屋へと続く。

 ローテーブルを挟み、二人は向かい合うようにソファーに座った。蘇芳は運んできた木箱をテーブルに置くと、改めてその蓋を開いた。

 氷漬けの顔が二つ。荊はこの首を落としたのが随分と昔のことに感じられるな、と他人事のようなことを考えていた。


「それでどういうことかな?」

「手っ取り早くお金が欲しいんです。無一文なので」


 嘘偽りない、単純明快な理由だ。


「この宝石だとかを売ればお金になるのに、なんでわざわざギルドへ持ってきたの? 報酬は拾得物の三割分だけだよ?」

「俺たちは清廉ですから。悪党の戦利品を懐に入れるなんて不届きしませんよ。ただ、手元に置いておくのも嫌なので持ってきました。三割もいただけたら十分です」


 海賊の財宝については、その辺の質屋で金に変えたほうが取り分が多いのは分かっていた。わざわざ持ち込んだのはアイリスに気を回した結果である。

 蘇芳はじっと箱の中を観察していた。瞬きも忘れ、大きな金色の目がぎょろぎょろと動く。

 彼女があまりに真剣で荊も静観していたが、蘇芳が突然箱の中にすっと手を伸ばし、首を掲げて確認をし始めたのにはさすがにぎょっとした。

 様々な角度から見られる首。しばらくして、氷に包まれた首は箱の中に戻される。


「……ねえ、死神の住む呪われた島って知ってる?」


 それは荊にとっては、少し意外な質問だった。

 あの小さな島のふざけた法螺話が、同じ国とはいえ遠く離れた首都でまで知られているとは。


「知ってますよ。俺たちその島に住んでますから」

「……はあ?」

「蘇芳ちゃんこそよくあの辺鄙へんぴな島のこと知ってますね」

「だってあの島は海賊の――!!」

「驚きました。正しい情報を知ってる人もいるんですか」


 荊はあの島の真実を知る者がいることに、蘇芳は真実を知ってあの島に住む者がいることにお互いに驚いていた。

 二人はきょとんとした顔で見つめ合う。


「……この首、あの島を根城にしてる海賊のだよね?」

「はい」

「全員殺したの?」

「いいえ。殺したのは島にいた二人だけ。他の海賊たちにはまだ会ったことがありません」

「そう……」


 蘇芳はそっと目を伏せた。

 彼女の言動に荊は胸中で首を傾げた。あの島が海賊の根城だと知っていたとはいえ、首の主が海賊だと言い切ったことは腑に落ちない。海賊全員の顔を覚えているとでも言うのだろうか。

 蘇芳は冷徹に荊を見据える。カウンターで受付をしていた時の愛嬌は鳴りを潜め、見定める視線は刺し殺さんばかりに鋭い。


「腕がいいのは分かった。お金を稼ぎたいのも分かったよ。でも、信頼関係を築くには足りない」

「どうすれば認めてもらえますか?」


 本来、時間をかけて得る信頼を一足飛びで何とかしようとしているのだ。多少の無理難題は覚悟の上である。


「一つ、明日に特別な仕事があるの」

「聞かせてください」

「騎士団の事務所へ罪人を輸送する馬車の護衛」


 蘇芳は淡々と言葉を発する。抑揚もなく、熱もなく。

 見目こそアイリスと同年代かと推測できたが、どうにも彼女の方がずっと大人ではないかと思えてくる。少なくとも、今のようにギルドメンバー相手に交渉ごとをすることは初めてではないのだろう。手慣れている。


「失敗したらギルドの顔に泥を塗ることになる。下手したらギルド出禁になるかも。それでも請ける?」

「はい」


 即答した。

 きっと蘇芳が測りたいのは荊の単純な力量ではない。彼女の真意は分からないが、彼には失敗する気は微塵もなかった。

 まあ、失敗したところで、残りの財宝はアイリスに内緒で質に入れてしまおう、というくらいの軽い気持ちでもある。荊には真っ当な手段じゃない稼ぎの方がよっぽど楽なのだ。


「成功したら、俺にいい仕事を任せてくれますか?」

「仕事ぶりを見ないと何とも言えないなあ」


 言質を取ろうとして失敗した。やはり、ギルドとして必要なのは仕事をこなせるだけの人間ではないのだろう。


「もし、仕事を任せるようになったとして、あたしからも依頼したい仕事があるんだけど――」

「その時になってみないと何とも言えませんね」


 荊は笑顔で一蹴する。なんとなく、その仕事の内容は分かる気がした。

 お金になるなら請けるつもりでいるが、こちらの要求を有耶無耶にされた直後で素直に答えるのが癪で同じ様に有耶無耶に返した。

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