第17話 何事も経験がものを言う

 メイド服の彼女は、額の角以外は普通の女の子のようだ。

年の頃はアイリスと同じくらいに見える。腰まである桃色の長髪は一本のみつ編みで結われていて、黄金こがね色のつぶらな瞳には愛嬌があった。赤ぶちの眼鏡、ヘッドドレス、メイド服。生真面目そうな服装ではあるが堅苦しさはない。

 受付に立つ者らしく、笑顔は花が咲き誇るようで、雰囲気は楽園の花畑のようである。


「カップルさんたちはギルド初めましてかな?」

「かっ――」

「俺は初めましてです。彼女は前に来たことがあります」


 言葉に詰まったアイリスを助けるように荊が応じた。

 素直な彼女のことだ。このままにしておいたなら、律儀に訂正をして無駄に混迷した状態を作り出したに違いない。

 アイリスは過敏に反応したことを気恥しそうにしながら「す、すみません。メンバーカードをなくしてしまっていて」と荊に続いた。身一つで島に来た彼女は本当に何も持っていなかったのだ。


「はいはーい。それなら二人とも登録手続きからだね。こちらへどーぞ!」

「分かりました」

「そうだ、その前に! あたしはこのギルドの受付担当の蘇芳すおうだよ。よろしくねー!」


 ぱちんと両手を打ち鳴らして、蘇芳と名乗った少女は愛想よく笑った。やはり、親しみやすさがある。

 それから、二人を椅子に座らせ、登録書らしき書類をそれぞれの前に並べた。

 さっと見ただけでも分かるほど記入項目は少ない。アイリスが言っていたように、素性が定かでなくともギルドメンバーにはなれるようだ。


「ごめんね、俺の分も書いてくれる?」

「いいですよ」

「ありがとう」


 文字の読み書きができない荊は、早々にアイリスへと自分の分の書類を寄せた。代わりに妙な重量のある木箱をカウンターに乗せる。


「蘇芳さん、見ていただきたいものがあるんですが」

「固い、固い。蘇芳ちゃんでいいよ」

「じゃあ、蘇芳ちゃん。登録手続きの途中だけど仕事の話があるんです」


 荊は木箱を蘇芳の方へと押しやった。机の上をすべる軋んだ音は耳障りだ。


「なんだろー?」


 蘇芳はまるでお菓子でも貰ったかのように上機嫌で贈り物を受け取った。そして、何の躊躇いもなく蓋を開け、――ぴたりと動きを止める。


「……これは?」


 顔色こそ変わらなかったものの、声色は固かった。どこか神妙な反応をする蘇芳に、アイリスは不思議そうに首を傾げる。

 箱の中身はアイリスとネロの位置からは見えない。しかし、その中身を知っていたネロはにゃあにゃあと鳴いて、アイリスの視線を意図的に逸らさせた。

 箱の中身は海賊の隠し財産らしい出所不明な金銀。それから、氷で覆われた人の首が二つ――荊が追放されてすぐに切り落とした海賊の首である。その首を加工したのはネロだった。


 蘇芳はまじまじと箱の中身を確認した後に、怪訝そうに荊を見やった。なぜこんなものを、とでも言いたげである。

 そうして、荊は彼女がただの受付嬢でないことを確信した。

 それなりに残虐性のある代物を動じずに受け入れている。にこにこと笑うだけが仕事ではないのだろう。


「証明には証拠が必要でしょう?」

「証明?」

「俺はギルドのこと詳しくないですが、受領できる仕事は多種多様だと思います」


 ギルドという施設が仕事の仲介をするまでは良い。ただ、実際に仕事をするメンバーが身元不明でも構わないということが荊には気になっていた。


 雇用主と雇用者。仕事と対価。どうしたって信用問題は発生する。

 つまり、信用のない荊たちがここで登録したところで、受領できるのは本当に誰がやってもいいような――、悪く言えば、途中で投げ出されたところで問題のない仕事しか請けられないということだ。

 メンバーとして仕事をこなしているうちに、ギルドからどの程度の仕事を任せられるか査定が下されるのだろう。当然といえば当然の仕組みである。

 しかし、荊はそんな段階をすっ飛ばす気でいた。


「もちろん、表に出せない裏の仕事もありますよね? 俺に回してもらえませんか? 腕には自信がありますから」


 アイリスとネロは不信の目で荊を見やった。ギルドに入る前に言っていた潔白の主張は一体何だったのか、と。


「……うーん、少し裏で話そっか」


 困ったように笑う蘇芳に、荊は無言のまま笑うだけである。

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