第4話 糸は絡みついたまま
「暴れないで、殺したりしないよ」
なんとも説得力のない言葉だ。
荊は女の上に落ちた二つの首無しを足蹴にし、ぞんざいな扱いでどかした。それから、くるりと鎌の柄を回して、器用にも大きな刃の先で彼女の四肢の自由を奪う拘束と猿ぐつわを断ち切る。
「……だから、殺したりしないって」
彼女は自由になった途端、荊を見据えたままで、ずるずると身体を引きずって退いた。緊張と焦燥から上手く動かないのだろう。荒い呼吸を繰り返し、瞳孔はこれでもかと開いている。ボロ布でどうにか隠されたふっくらとした柔らかそうな肌、触れるだけで折れてしまいそうな華奢な体は震えている。不格好に距離を置こうとする様はどうにも被虐的だ。
彼女の視線は何を恐れているかがだだ漏れで、荊自身よりもその手に握られた鎌に釘づけであった。
荊は無言の要求に応えるように、一瞬にして鎌を消し去る。今更、手遅れのようにも思えるが、両手を挙げて危害を加えないとアピールした。
「××××」
女から間抜けな驚きの声が上がる。
遠目には分からなかったが、近くで見れば彼女はまだ大人というには足りない年齢だった。少女という区分に該当するだろう。
少女の朝焼け色の髪はぐしゃぐしゃに絡まり、荊に負けず劣らずに全身を血と土で汚していた。その中で別物のように輝く瞳。涙に濡れた萌木のような黄緑色の瞳は光を乱反射している。きらきらと子供の宝物のような純粋無垢の輝きであった。
「大丈夫?」
じっと見つめる荊に、少女はごそごそと身を捩る。
無残に破られた服で、さらされた肌を隠そうとするいじらしさに、荊は自分の上着を脱いで彼女の肩にかけてやった。しかし、それは繊維の隅から隅まで荊の血液を吸った服だ。少女は不自然に濡れた服の重みと、滲み出た赤に大きく肩を跳ねさせた。
「ああ、汚してしまうね」
とはいえ、既に汚れがどうのという状態でもないし、恥部をさらした半裸よりはましだろう、と荊は口先で反省するだけで行動には移さない。
荊は少女と距離を詰めることをせずに、その場に座り込んだ。
ゆっくりと息を吐き、さらにゆっくり息を吸い込む。知らないにおいは、ここが知らない土地だと教えてくれているようだった。
改めて周囲を見渡しても、学名も分からない植物があるばかりで、場所を特定する手がかりは見当たらない。言語が伝わらないということは外国だろうか。
――さて、どうしたものか。
荊がようやくと落ち着いて思考を回し始めた矢先、唐突にばちんと死刑執行の音が響いた。
死に直結する衝撃。痛みは一瞬のうちに脳を巡り、視界が白に染まる。
「っ――、ぐ、ぁ!?」
荊は首を押さえて背中を丸めた。時限式の斬首の首輪の存在について、完全に頭からすっ飛んでいた。
我慢の許容はとっくに限界を超えている。歯を食いしばっても痛みが消えることはない。首から全身に毒が巡るように痛みの波が生まれ、体の奥へ奥へと蝕むように伝達していく。
「ふー……、ふー」
荊は荒い呼吸を整えて、ゆっくりと体を起こした。痛みに慣れてきた頃、どぷりと流れる血の音が耳に届く。本来はずっと聞こえていた音だが、激痛が原因で五感が正常に機能していなかった。
「さすがに、死ぬかも」
何度目の斬首か分からない。裂傷の回復よりも、失った血液を補う方が時間がかかる。そして、血液の補填よりも、失血のペースの方が早いことを荊は実感していた。
「××!? ×××!!」
目の前で起きた事変に、少女は声を荒げてぼろぼろと泣きだした。不安げに荊を見上げる目は、今にも涙で溶けてしまいそうだ。
持ち上げられた少女の小さな手は、行き場もわからずに右往左往している。
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